ロードスター12Rと普通の2リットル
2025/01/15 02:16 Filed in: クルマの話
オートサロンで発表された2リットルエンジンのロードスター幌車x2種類、長い前振り期間を経てようやくの発表だが、発表後も相変わらず賛否があるようだ。さくっと眺めて回っただけだが、ネット上ではけっこう罵倒に近い言い合いになっている様子も散見される。
価格のことを言う書き込みが多く目に留まるけど、価格は全然高くないと思う。絶対額の高い安いという感覚は、その人の収入かまたは価値観が支配的なので、公の場で議論になりにくい要素と感じる。なのでもう少し正確に言うと、割高ではない。
アメリカでのロードスター幌車(もちろん2リットル)の販売価格は、約3万USD〜。本日の円・ドル相場が158円/USDなので、円に置き換えると480万円〜。オートサロンで発表されたスタンダード仕様の2L幌車が500万円台。グローバル価格設定としては、ちっとも高くない。むしろ為替のことだけで考えると、1.5の幌車=320万円〜、RF=380万円〜という日本の現行価格がとんでもないバーゲンプライスになっている。もしこの日本価格が、1USD=115円のとき(3年前)に設定されたものなら、1.5の幌車の価格はアメリカ仕様を基準には計算しにくいけど、RFは今すぐに530万円〜に変更されてもおかしくないことになる。
同じく、700万円後半と発表された特製仕様の12R。仮に800万円だとすると5万USDとなる。105円/USD(4年前まではこんな感じだった)なら525万円だった、本日現在 158円/USDなので800万円。2021年だったら200台限定の特製車が525万円で買えたのにというだけの話で、実はちっとも割高ではない。
肝心なことは、そこではない。なにしろ説明不足が度を超している。
写真:マツダ株式会社
1989年以来、マツダがというより、むしろユーザーたちが築いてきた世界的にも希有な「ロードスター"仲間"」と呼んでも過言ではないユーザー同士のコミュニティ的な雰囲気が、高いだの安いだの(3000万4000万の話じゃないんだよ、たかだか500万800万程度の話なのに)、速いだの遅いだの(500馬力800馬力の話じゃないんだよ、何年も前から売られている現行のハチロクの方がずっと速いという程度の話なのに)ということでグラグラになってしまっているような気配を感じる。モデル4世代にわたってヒエラルキーのないほんとうに希有で素敵なユーザーたちの世界観に、メーカーが競争原理を持ち込むのであれば、なるほど! と納得できるような、もっといえばそれを糧にさらに"仲間感"が深まるような懇切丁寧な説明が不可欠。
「手組みで特製なので800万円、素のやつもあるよ500万円。1.5か2.0かは自分たちで決めてね」
これでは、35年間ありがとうございました、みたいなことになっちゃうんじゃないかということに、個人的には気を揉んでいるわけです。だって、未曾有の好景気という奇跡の時代背景も助力になって町場で自然に生まれて育ったこの雰囲気(つまり「文化」です)ですから、一度崩れたら修復不可能だと思うから。ロードスター界隈を包むあの雰囲気を「文化」と定義するなら、少なくともメーカー主導(それがマツダでなくても)で再生・構築できることではないから。生活実用車の枠外に販路を求める種類の自動車が常に抱えている、民の心離れたらオシマイ、というキワキワの線をよくぞ35年間もトレースできたものだと心から尊敬しているから。
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「ヤマスピ_TEST_SONGS_01」
2025/01/05 22:09 Filed in: スピーカーシステム
明日から仕事始めという方、多いんじゃないかと思います。わたしは年末から椅子に座っていられないほど体調を崩しちゃいまして、とうとう帰省も適わない年越しでした。1年間の疲れを世の中が停まる年末年始に吐きだして調整を図るこの自律系安全装置、3年に一回間隔くらいで発動するので、まあ正常ということでしょう、あはは。
さて昨日、NHK紅白歌合戦をインターネットのサービスで観ました。なかなかよく考えられた出演者の選定でよかったと思いました。B'zを観ながらスマホで調べたんですが、稲葉浩志ってわたしと誕生日が1週間ほどしか違わないんですね。自分もまだもう少し頑張れるかなと思わせてくれました……って、いったいMacの画面の中になんの幻想を見たのか。あはは、泣けてきます。
でですね、Superfly も出てましたね。"Beautiful"という曲を演ってました。イントロが流れた瞬間、”ああこの曲っ”って寝ぼけた体が少し覚醒しました。
「Superfly」、めっちゃ難しいんです。
なにが難しいかって、カーオーディオで再生するのがものすごく難しいんです。最近のポップスにしては珍しく、リミッターやコンプレッサーの掛かりがすごく薄い気がします。機材を使って音量のピークが振り切れないように抑えることで全体の音量を持ちあげ気味にして音圧を高めてパワフルな感じを演出するというのが、今どきのレコーディングの流儀だと思うのですが、Superfly はどの曲もそれぞれの音の突き抜け感をとても大切にしている感じがします。つまり小さな音から大きな音までの振れ幅が、それぞれの楽器で大きいように感じるんです。しかも盛り上がりポイントで鳴ってる音の数がすっごい多いです。おまけにけっこうな編成のストリングスはボーカルとかなり近い音域でかなり派手に弾いてくれちゃってます。ボーカルも負けじとワンワン歌い込みます。一気に何もかもがうわーって鳴る感じの盛り上がり方が Superfly の特徴なのかな、と。
ところがこれを、15センチくらいの小さなスピーカーで鳴らし切るのってほんとうに難しいです。再生ボリュームが小さいと、きっとメンバーが目指しているこれぞ Superfly という盛り上がりを感じることができません。けれどもボリュームを上げると、こんどはなにを演っているのかわからないような音団子になってしまいます。ときにわたしの仕事部屋のオーディオは、PA用のスピーカーと小スタジオ用のパワーアンプという業務用機材の組み合わせなので、オーディオマニアの方々に喜んでいただけるような色気ある眺めと無縁ですし、朴訥で淡々とした音ですが、イベント会場とかで遠くまで届くような鳴り方を使命として作られたものたちなので、民家の屋内で楽しめるくらいの音量ではまったくグシャグシャになることなく斯様な Superfly も機材の許容範囲の中に完全に収まっています。散らかった仕事部屋ですが、こんな感じです。
この感じをクルマの中で、あの頃系メルセデスなら7センチ、ロードスターの各モデルでは10センチの直径しかないユニットで実現しようという壁をよじ登っているときに聞きまくったのが、Superfly のBeautiful という曲なんです。ちなみに Superfly、ある程度以上のクオリティのヘッドフォンなら、けっこういい感じに聞こえることも確認しています。ヘッドフォンの場合、大きな音で聴いていると感じていても、実はそんなに大音量にはなっていませんし、鼓膜の直近でどういう案配で音を震わせればいい感じに聞こえるのかという研究がしっかりできているんだなと感じます。もちろん、今どきの視聴環境の傾向を考えると、制作側も当然ヘッドフォンで視聴されることを想定したマスタリングをしているはずです。ただ、ヘッドフォンは耳でしか音楽を感じることができないのが残念で、わたしが目指している音楽空間の世界観とはまったく異なります。
Amazon Music のプレイリストとYOUTUBEのリンクを貼っておきます。
「ヤマスピ_TEST_SONGS_01」 Amazon Music
イントロのギターのクランチトーンの絶妙なざらつきをまるでギターアンプの前にいるような粒立ち感で浴びる音量感のまま、サビに入ってもグシャッとしないまま爽快に聴き抜けられる感じ。特に3分37秒辺りからエンディングに向かって大盛り上がりのアレンジを「うるさい!」と感じないまま音楽に没頭できるように楽しむことができるオーディオを愛車の中に持ち込めたら、ドライブしながらトキメキまくれたらどんなに素敵だろう、というのが、わたしがyamaguchi speaker system で目指しているイメージだったりします。
1曲だけだと淋しいので、EGO-WRAPPIN' の「老いぼれ犬のセレナーデ」もプレイリストに加えておきました。これもスピーカーシステムの開発とセッティングで使う定番楽曲です。なにしろ空間感が素晴らしい音源で、右手の指を離れる瞬間のウッドベースの弦のテンション感や指板と弦が触れる音、ギターの音から録音したスタジオの広さが見えてくるような、そういう空気感のトキメキをチェックするときに思い出す曲です。今どきはインターネットでいろんな情報が手に入るので、いったいどういうギターを使うギタリストなんだろうと思って調べてみて、こういうギターと、なになにヤマハのトランジスタアンプがお気に入りなのかか、なるほどね、こういう感じの音がしそうだねなんて、そんなことも楽しい、そういう音楽空間を身近に持っているってほんとうに人生を楽しくするよなってそう思うわけです。
ぜひ、ご自身の愛車でこの2曲を試し聴きしてみてください。そしてもし、この2曲についてヤマグチはどう取り組んだのよ? ということに興味を持っていただけたのなら、いちど試聴してみてください。
試聴していただけるNDロードスター(幌車/アバルト124スパイダーも同型です)は都内か大井松田にあります。W124は茅ヶ崎です。PORSCHE 993(964も同型です)、NAロードスター、NCロードスター、S124、A124は、オーナー氏のご協力が必要ですが、ほとんど神奈川県内にあります。
いずれも、I.Y.A.Garage の岩間くんに電話をして問い合わせてください。電話を掛ける時間帯は、常識的な範囲でお願いいたします。
090-7630-1461
というわけでさてさて、明日から世の中が動きます。わたしも遅れないようについてゆこうと思います。
Superfly『Beautiful』/YOUTUBE
Ego-Wrappin' 『老いぼれ犬のセレナーデ』/YOUTUBE
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2025年
2025/01/01 15:05 Filed in: 日記っぽい話
新しい年が始まりました。
カレンダーの色感覚が長年のうちにすっかり衰退してしまった身にはこのような特別な区切りがなかなか生活に馴染まず、昨日も今日も茅ヶ崎の自宅で普通に仕事をしていたりするわけですが、日本古来の年中行事に無垢な気持ちで浸ることさえうしろめたいほど追われ続ける日々は、確かによろしくないと確信できます。
三十代の頃、東京・三田の崎山自動車の崎山さんに、「ねえ、ヤマグチくんの原稿はいくらで買えるの?」と訊かれて、あ、それはいろいろなケースがありましてとか、つべこべ言っていると「まだまだだねぇ。自分の値段くらい即答できないと」とパチンとやられたことがありました。
それから30年ほど経っているわけですが、この課題を未だにクリアできてない自分です。
自分に自信がないのに身の丈を超えたプライドもある、というこの完全に社会人失格な感じは、実はずっと抱えている極度の対人恐怖症の癖と共に生涯消えないと思います。こういうことを意識すると今も手汗びっしょりな感じになっているわけで、まあ完全な病気です。
30年間クリアできなかったことを、新しい年になったからという理由で突然メリメリ越えられるとは思いにくいので、ますますこのまま突っ走ることを自分に宣言して、あと365日をなるべく手汗まみれにならない布石を打っておこうかなという、自分に向けての卑怯な本日のブログだったりします。
皆さまにおかれましては、より一層の飛躍ある一年であることを祈念いたします。
あけましておめでとうございます。
写真は去年の秋、取材中の一コマです。上出優之利さんが撮ってくれました。
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W124を離れる人が増えてきたそうです
2024/12/31 19:01 Filed in: クルマの話
とても大切なことですが、ずっと長いこと……たぶん大昔に雑誌やムック本でメンテナンスガイドみたいな記事を量産していた頃以来……書いていなかったので、ちょっと恥ずかしいというか、いまさらわたしが書かなくても大勢のユーチューバーが「悲惨!○○」みたいな煽り動画を山ほどアップしているから、それが正解で常識ということでもういいんじゃないのという面倒くささというか。簡単に言うとですね、今さらオマエの出る幕じゃねえし的な後ろめたさを感じつつですが、とても大切なことなので少しだけ書きます、お目汚しごめんなさい。
最近、W124を降りる人が増えているという話題、あちこちから入ってきてます。仕方ないと思います。クルマの目指す方向や完成度はそこそこ違いますが、言ってみればトヨタ・クラウンと同じジャンルのクルマですから、1990年製のクラウンに乗っている人がメリメリ減ってきてるという話を聞いても、不思議に思わないどころか、まだ乗ってる人がいたのかよ、ってな感じだと思います。
メルセデスのEクラスの数々の素晴らしい特徴は、実用車としての評価の範疇にほぼすべてが存在します。実用車としてその時代その時代のベンチマークとなるほど素晴らしいクルマなのだ、というところが、まず肝心です。それはすなわち、いつでも普通に動いて必要なときに行きたい場所に自分や家族や荷物を運んでくれるよね、という性能がまず担保されていることが存在する意味の前提ということなんです。その上で……、走り味とかデザインとか、最後のメルセデスらしいメルセデスだとかいうことを言いたいのであればそれはそれでいいのですが、そういう所有する歓び的なことは、担保されるべき性能が愛車に揃っていることを確認した上で初めて語り合いましょうという順番だと思います。
そのためには機関を維持する整備が欠かせないのですが、もはやそれがままならなくなってきました。理由は、補修部品です。メルセデス・ベンツもボッシュも、クラシックモデルの部品供給を維持します!とアナウンスしてくれていますが、アナウンスのその先のアクションはいったいいつなんだという状況です。ここに書いたような、W124がメルセデスのEクラスとしての価値を維持するのに必要な最低限の部品も、あれもこれもそれもどれも生産終了されていて新品部品として買うことができません。仕方がないので中古部品を探すと、そこにはみんなが取り合いをしていてとんでもなく高騰した価格でやり取りされている市場があって、多くの常識ある人は新品で1万円だった部品をノークレームノーリターンの中古5万円みたいな条件で買うことを躊躇するわけで、探し求めている部品との素敵な出会いがいつか訪れるのを待つかW124を諦めるかの二択みたいなことになるのも仕方がないよなあと思うわけです。
心折れます、よね。
これはW124に限った話ではありませんが、旧いクルマを愛車として大切にしようと思うとき、そこに性能の話を持ち込んではいけません。動力、コーナリング、ブレーキング、乗り心地、安全性、静粛性、燃費……すべての性能の話です。例えばW124は、1970年代に設計されたクルマです。すべての部品の設計図は、ざっくり50年前に描かれたものです。そんなに旧い設計のクルマが日本で普通に走れるのは、日本の交通規則が同じくらい昔からほとんど変わっていないからだったりします。速いクルマや安全性の高いクルマや静かで乗り心地のよいクルマや熱効率のよい動力源を備えたクルマ、という話題で語ると、存在価値がどこにあるのかわからない、そういうクルマだということになってしまいます。夢中になっているうちは絶対的な性能評価なんてどうでもいいことだったりするんですが、前述したような「維持するだけでも大汗かきの一苦労」みたいな現実が身に降りかかった瞬間、あれ……って冷静になってしまうような気がします。だから、旧いクルマに性能の話を持ち込んではいけないんです。
長くなりすぎるのでここには書きませんが、「質実剛健」や「最善か無か」という標語も旧いメルセデス愛好者にとって心地のよい内容に解釈されて信仰の証のようなことになってしまっている感があります。質実剛健というのは豪華絢爛、贅沢三昧という意味ではないんです。むしろ無駄な金は使わない質素な振る舞いという言い方の方が近いと思います。最善か無かも似たような印象を受ける言葉です。このあたりの大勘違いが常識になってしまったのは、あの頃系メルセデスのことをせっせと盛り上げた雑誌にも大きな責任があると思います。構成、書き手をたくさん務めていた張本人として面目ないと感じます。雑誌をたくさん売っていっぱい広告を獲得したいのだ、という極めてストレートな出版社の要求に応えるのが商業メディアの制作に携わる者の務めだということを盾に今さら許しを請いたい気持ちになりますが、個人的にはできる限りめいっぱいの誠意ある記事づくりを実践していたことも知っていただければ少しはエンマ様への申し開きになるかしら、という思いでもあります。「質実剛健」「最善か無か」というキーワードを赤文字で表紙に書くとおもしろいように本が売れるのは、自動車雑誌を制作している側の人なら誰でも知っていたことだったわけです。
脱線しました、軌道に戻しましょう。
それではW124のような、わたしが大好きなきっとこれを読んでいる皆さんも大好きな、あの頃系メルセデス、あの頃系ドイツ車にいったいどんな価値があるというのか、ということになります。
「創り手の知性の高さを感じる作品を人生の身近に置く」こと。
人それぞれの考えがあると思いますが、わたしの場合は完全にコレに尽きます。
書き始めれば、ねじ1本にも「へぇ!」「なるほど!」「これ考えた人きっと天才」みたいな話がいくらでも見つかります。わたしには、感覚的にも経済的にもそういう作品を身近に置けるレベル以上の自分であり続けたい、という想いがずっと長くあります。恐らく、10代の頃からそうだと思います。その延長で見つけたのが、W126でありW124でありW201であり、ポルシェ944であり空冷911であったということなんだと思います。
人間が何かを作ろうと考えたとき、人間に許されている所作は「カタチの工夫」と「材料の選定」の2つ限り、他にはありません。Eクラスは、メルセデスにとってもっともお金を稼いでくれなくてはいけないモデルですから、しっかりとした利益率を確保した設計であることが絶対の絶対に求められた設計になっています。そして1980~90年代を見据えたEクラスの設計事情がどうだったのかということを推察するに、当時190クラスがなかった小型車枠に3シリーズをぶち込んで大当たりをしたBMWが1つ上の、つまり儲け代がさらに大きな5シリーズに攻勢を掛けてくるのは目に見えていたはずで、ぐうの音も出ないほどしっかりを頭を押さえ込む性能を備えたクルマを価格的な競争力と同時に実現しろという大号令が掛かっていた、はずなんです。
しっかりと利益を出せ……つまり、素材自体や加工にお金が掛かる材料は使えない。
でも同時に、ぐうの音も出ない性能を示せ……ならば、カタチを工夫して安く高性能を求めよう。これって頭がよくないとできないよね。
そして完成したのが、W124というEクラスで、260万台=毎日700台近い台数が10年間休みなく売れ続けた、みたいなとんでもないヒット作だったわけです。
大きな構造や機能はもちろん、小さな部品一つひとつを手にするだけでそこから伝わってくる正解への執念を感じることができます。どれかが尖った性能を有しているわけではなく、けれどもそれらが自分の役割をしっかりと果たし、さらに連なる部品たちとの協調を見据えて正しく積み上げられている様子が見えるW124に、紛うことない「創り手の知性の高さを感じる作品」を、わたしは感じるわけです。
ちょうど昨日、スタッドレスタイヤに交換するために外したホイールを洗ってしまうときに撮った写真を使って、長くなりすぎないように2つ3つだけ紹介しましょう。
W124の後期モデルが普通に履いていたなんてことのない鋳造の8穴アルミホイール、裏側の写真です。
だだっと書きます。
ホイールハブキャリアに接する面はホイールにとってもっとも肝心な部分の一つです。この部分を全面平らの接合面とせずに外周と内周の2周のリング状の凸部でハブキャリアと接するようにデザインされています。様々な整備環境で使用されることを想定した場合、接合面への異物の噛み込みによる不均等合わせが発生する可能性を減らしつつ、接合面の位置決め精度がもっとも確保できるデザインです。ホイールボルトで締め付けたときの接合の面圧があがるので、ハブキャリアに多少サビが浮いてしまってもその凹凸の影響をキャンセルできる可能性を期待できます。
ハブベアリングキャップがはまるハブキャリアの中心の輪っかに嵌合する丸穴は、数カ所のツメが嵌合する構造になっていて、輪っか全周にはまる丸穴ではないデザインになっています。偏心のない位置決め性とホイールのサビや熱による噛み込みが発生しにくい構造です。道具が揃った整備工場ばかりでなく、オーナーが路肩でタイヤ交換する可能性もあるのだよ、ということかと。
5本のホイールボルト分の丸穴を挟んで、5箇所の分銅型の穴があります。裏側からの大きなざくり穴は軽量化のためだと思われますが、それぞれホイール表側に丸い貫通穴が開いています。設計した人に訊いたわけではないので推測ですが、放熱用と考えるのが素直かなと思います。ホイールハブキャリアには、ベアリング、ブレーキディスク、駆動輪はドライブシャフトの作動に生じる熱が入ってきます。200km/hで1時間みたいな走り方ができる土地で生まれたクルマですから、このような構造については独特の知見があるのかもしれません。分銅穴の外側には水抜き用の切り欠きがありますが、その辺りはまあ当然っちゃ当然です。
表側はディスク形状のこのホイールですが、実は8本スポーク形状を基本として、その間を面でつないだ構造になっていることがわかります。中心から厚みのあるスポーク形状が伸びてますが、8つの穴が開いている辺りで皮一枚みたいな薄さになります。ブレーキキャリパーに干渉しないように追い込まれた形状だと思いますが、8つ穴の周囲にしっかりとしたリブを立てて応力にいちばん効果的な両端を支え、薄い面部分にも小さなリブが5本鋳込まれています。横方向ではなくて縦方向なんですね、ということからこのスポークに掛かる力の向きを想像して楽しんでください……ん、楽しくない? そうそう、もちろん8つの穴は全周大きめのRがあるデザインで、応力集中による破損とか誰にモノ言うてるねん(by MB)形状です。この写真では外周に近いところの両端が角張っているように見えますが、ここはリム筒に入り込んでいるところなので3次元的にはRの連続デザインになっています。表面の写真も貼っておきます。二等辺三角形の底辺と言えばわかるかしら、リム側の長い辺も含めたすべての辺がすり鉢状に彫られた8つの穴を眺めながら、ああこれは回ると風を吸い出す形状になっているのだなと気づくわけです。右側に装着しても左側に装着しても同じ効果が期待できる対称形であって、特にブレーキキャリパーはホイールの表面すれすれのところまできているので、キャリパーの熱を外側に掻き出す効果も少なからず期待できるんじゃないかなと思うわけです。
もう1枚写真を貼りましょう。8つの穴の形状が完全なる大きなRの連続だということも、こっちの写真の方がわかりますが、この写真でお話ししたいのはバルブゴムを外側からしっかり抱き込むように保護するデザインのことだったりします。195/65-15サイズのこのタイヤは、時速200kmで走っているときに毎分1,666回転、毎秒27回転します。このときバルブゴムが受ける遠心力は想像ができなかったら、いちど30cmくらいの紐の先にバルブゴム(と同じくらいの重量のなにか)を縛って毎秒27回転で回してみてください……人力ではできないと思うけど。バルブゴムってゴムなので、うにょって外周向きに曲がるわけです。で、停車するとまっすぐの位置に戻って、また走ると曲がる。これを繰り返していると、あるとき突然サクッとバルブゴムの土台のところのくびれが折れることがあるんですね。じんわりでなく、突然ゼロになるので、死んで(誰かを殺して)しまうような大きな事故になる可能性が大いにあります。なので、バルブゴムの外周側を支えるデザインになっている、と。同じ時期のポルシェ911はアルミの支柱を両面テープで貼ってましたが、より幅広い顧客層を持つベンツは不用意なことが起こり得ないようにデザインの中に盛り込んだということです。バルブゴム根元のホイールとの取り付け部、つまり折れるとしたらココというポイントからいちばん遠いバルブゴムの先端に取り付けられるバルブキャップは、ポイントへの応力効果も最大なわけで、なによりも軽いことが大切です。あの頃系メルセデスのバルブキャップは、薄い金属をプレス成形したもので綿毛かと思うほど軽量です。そしてよくある黒い樹脂製のものと違い、跳ね石で割れることなく常に屋外にあっても耐候性に不安なく、内部に樹脂製のシールリングまで付いているので、バルブゴムの虫ゴムに異常があっても突然の空気抜けを回避できて、というものです。
そういえばこのホイール、脱いでも凄いんですということで、タイヤが付いていないものの写真を撮ってきました。リムの筒部分が大きくえぐれた形状になっていることがわけります。大昔にタイヤ屋さんでアルバイトをしていた頃、タイヤの脱着がしにくくてイヤだなあと感じたことを思い出します。タイヤのビード部がこの凹みに落ちてしまって、骨董品みたいなそのお店のタイヤチェンジャーだと引っ張り出そうとするとリムに傷を付けそうになって。当時の国産車のホイールはほとんどずんどう形状でしたし、アフターマーケット品だと今でもずんどう形状が多いと思います。自動車もの書きの仕事を始めていろいろ勉強している中で知ることになったのですが、この凹み、少しでもたくさんの空気を充填できるようにするための性能要件デザインなんです。極端な角度の折り曲げデザインにしなければ、同時に強度も高められると思います。タイヤは、ゴム質や骨組みなどの構造が語られることが多い部品ですが、何よりもまず空気が仕事をしているのだ、というところを知らずに理解することができません。タイヤの中にはできるだけたくさんの空気に留まっていただいてお仕事に励んでほしいところですが、タイヤの外径と内径の差xトレッド幅分しか空間がありません。空気圧を上げすぎると跳ねてしまってクルマが路面から離れてしまいます。そこで、ブレーキやサスペンション機構に干渉しない範囲で、ホイールを内側に拡げて空気のための部屋を拡げるという手を取るわけです。たかがタイヤのエアごときと言ってはいけません。ここ、本当に本気なポイントですから。ポルシェとか、もっとエグい設計してます。ちょうどガレージに928S4というモデルがあるので写真を撮って紹介しましょう。
ホイールの穴から内側を覗くと、なんと穴のデザインの内側に飛び出すほどの出っ張り、つまり空気のための部屋が拡大されていることがわかります。このクルマの場合ブレーキキャリパーがいちばん外側に飛び出しているのですが、キャリパーの外側とホイールの内側との差は1センチないくらいです。バランスウエイトとの隙間は、5ミリ程度しかないように見えます。奥の方に見えているベージュ色の樹脂部品が取り付けられている高さが、このホイールの本来あるべき内径位置です。こんどホイールを外して検証してみたいと思いますが、1センチ以上の凸凹が鋳込まれているんです。空気にたくさん留まってもらうための空間づくりのためです。ここまで極端ではないにしても、メルセデスもW124の何の変哲もないアルミホールにも同じ設計思想を盛り込んでいるというわけです。それにしてもこの928S4のホイール、どうやってこんな変なカタチを鋳込んだんでしょうね。外側はともかく、内側の鋳型が抜けない……ようにしか見えません。こんど外してゆっくり検証するのが楽しみです。
もう読み疲れましたよね。放っておけばこの下に何メートルも文字がぶら下がるくらい書き続けてしまうのでこのくらいで締めますが、つまりこういうことだと最後に書きます。
30年以上、世界中のいろいろなクルマの間近に居られる仕事をしてきましたが、この頃の20年間くらいのドイツ車がエンジニアリングに興味のある愛車家たちに与えてくれるトキメキは、本当に格別のものだと断言できます。クルマというのは、実はもう十分に成熟した工業製品なので、まあ言い方はアレですが、そこそこな感じで作っても大きな問題を起こさない程度の製品ができてしまうんです。製品へのエンジニアリングのこだわりと、商品性つまり売れる売れないという意味での優劣はほとんど関係ない時代に到達して久しいです。そんな、言ってみれば技術的ロマン飽食自動車時代にあって、溢れるエンジニア魂をそこここに見つけることができる作品を自分の人生の身近に置くという歓びは、それを手放してはいけないという強い執着を沸々とさせたとしても何の不思議もないことだと思うんです。
あの頃系メルセデス、あの頃系ドイツ車の魅力について、わたしが思う価値観の話を書きました。こういう価値観とEクラスの実用性を例えばW124という旧いモデルで両立させるためには、いろいろなハードルを越え続けることとセットになってきていて、次第にハードルの数が増えてときどき高いハードルが出現する状況深まることも容易に想像できるんです。でも、頑張れば超えられないほどのものでもないだろうなとも思います。なにしろ信じられないほどの台数が作られたクルマです。愛好家も少なくありません。これまでの30年くらいのようにはいかないけど、この先いったい何年くらいクルマの運転ができるんだろうかと思えば、あとちょっとじゃんという世代の人も多いんじゃないでしょうか。
その手を離さないで……と、そう言われているみたいな気持ちになっちゃうんですよね、わたしは。離してしまったらきっと再会できないでしょうから。
皆さんはどうですか。
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