大阪の催【上出優之利 写真個展「クルマの達人」】
2025/09/02 13:18 Filed in: 日記っぽい話
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雑誌連載「クルマの達人」の写真を撮っていただいている上出優之利さんの写真個展『クルマの達人』、盛況のうちに終了した東京の催に続き、いよいよ上出さんの故郷である大阪に会場を移し、本日(9月2日・火)より開催されています。
北区・中之島の《キヤノンギャラリー大阪》への道順等は、以下の キヤノン公式ウェブサイトをご覧ください。
【キヤノン 公式ウェブサイト】

また初日の午後4時から1時間、上出さんによるギャラリートークが開催されます。「クルマの達人」という四半世紀を超える長期連載の表現者のひとりとして、どのように撮影の現場に立つのか、千差万別の表情をみせる被写体に向き合うのか、シャッターを切るのか。質疑応答の時間もあるので、皆さんの質問に対するスリリングな回答が聞けることと思います。わたしもマイクを持って袖に控えることになっていますので、会場で皆さんにお目にかかれることを楽しみにしております。
ところで、ギャラリーに展示される上出さんの写真は、すべて売り物であったりもします。実際、先日の東京の催でも購入された方がいらっしゃいます。A2サイズ個展展示現品で10万円を少し切る価格は、写真家の作品としては新進気鋭の作家に対する評価額として適正価格のようです。
作家と作品と評価とお金について、ふと思ったことを書いてみたいと思います。
昔、どうしても音楽関係の仕事がしたくて、そんなもので飯が食えるかみたいな半喧嘩のような父子のやり取りが大学を卒業する頃のわたしにもありました。どこの家庭にでもあるような光景だと思います。
そのとき父は、「コンサート会場に詰めかける何万もの人たちは全員音楽が大好きで、けれども大好きな音楽を提供する側はステージの上にいる数人ぽっちで、つまりその日会場に足を運んでお金を稼いで帰ってこられる人の割合は、一万分の1くらいだ。レコードを売って稼ぐなんてもっと低い割合だと思う。さてあなたは、数万人の先っちょの一人になれる自信があるか? あるいはそういう人たちを蹴落としてでも目立って認められたいというほどある意味がめつくなれるか?」と言いました。
軟弱なわたしはすぐにビビってギターを置いてしまったわけですが、作品づくりのための便利な道具が充実して、インターネットが普及して作品を世界に流通させる仕組みを安価で利用できる、そんな今の時代でも、創作して換金して生活を成り立たせてさらに次の一手のための糧を得るという一連の行為を連続させて生きてゆくことは、煎じ詰めればかつて父がわたしに言ったことと何一つ変わっていないと思います。
わたしより2歳年上の上出さんはもともとミュージシャン志望で、そのこと自体は我々の世代の男子の半数くらいは考えていたような青年の代表的夢想のようなことなのですが、実際に音楽を金にするための方法を模索するために上京して、バンド活動ではらちが明かないと悟ると実際に音楽制作の側に挑戦して、実際にクラブDJとしての活動も始め、実際に中森明菜の楽曲制作のような大きな仕事に携わることも経験して、2011年の東北大震災の非情を目にしたときに写真で遺す人になることを決意して実際にカメラを手にして、実際に撮影のために街に飛び出し、実際に作品集を自費で編纂(へんさん)して出版して、実際にフランスの展示会で作品を披露しキヤノンの公式ギャラリーで個展を開き、今や実際に写真を撮ることを生業とし、昨日も実際に連載「クルマの達人」の取材に同行して撮影を行い、来月も彼の写真は“上出優之利”のクレジットと共に実際に有料媒体に掲載され全国に流布されるわけです。
この“実際に”を実現するためのあれこれ……行動や発想や切り替えや思い切りや思い込みや勢いやあれこれ、おおよそ多くの人には躊躇されるような選択を、そのたびにしてきて“実際に”実現してきて今があるその作品があるという歴史が、欠かすことのできない作品の価値なのではないかと思うわけです。
写真の道へ進むと決めたとき、彼は音楽の道へ後戻りできないように所有する音楽機材をすべて手放し、ひとまず一銭にもならない作品づくりのために自分の時間の大半を注ぎ、まったく白紙だった写真に関わる人脈づくりのために足を棒にして人に頭を下げ、おそらくは生活のために苦虫を噛み潰すような思いも積み重ねつつ、ようやくの15年目に到達する今日を過ごしているということだと、想像します。
そのような経緯を経て目の前に存在する“写真”という作品を買うという行為は、単に欲しいものを手に入れるという消費行動ではないと思うんです。もちろん自宅の玄関に飾りたいとか、お気に入りのひとつとしてコレクションしたいとかいう目的があるかもしれませんが、その行為は上出優之利という生き方へのリスペクトであり、支払った金額の価値があることを買い手が証明しました、という動かぬ証拠を刻みアーティストを創ってゆくという文化的な行為だと思うのです。
もちろんそれは、余暇を使って趣味でサクッと撮った写真に価値がないということではまったくなく、そういう写真のほうが美術として素晴らしいとかそうでないとかいう意味でもありませんが、上出優之利という写真家がその1枚をそこに創造するに至った物語に与えられたのと同じ評価を得ることは難しいだろうと安易に想像できるわけです。
東京・銀座でのギャラリートークには、50人ほどの老若男女取り混ぜた観客が詰めかけ、質疑応答を含めて1時間半に及んだトークショーを立ち見で夢中になっていました。この人を惹きつける人間力が、作品の魅力であり評価であり、お金に置き換えられてゆくのだと思います。要は、写真作品魅力は、写真そのものだけではないだろうということです。
本日、大阪・中之島で開催されるギャラリートークには、どのくらいの人が集まるでしょうか。会期を通じてどのくらいの人が彼の作品を見に来るでしょうか。
「クルマの達人」の仕事を依頼した5年前、“あなたはきっとその人徳と実行力で海外で活躍するような写真家になるので、わたしはいま唾をつけにきた。”と上出さんに話しました。なにもかも自腹で突進してきた写真家としての活動に、日本だけでなく海外でも“評価の標し”としてお金を遺してゆく人が出始めていることをいちファンとして嬉しく思うと同時に、ひとつのコンテンツを共同で制作するパートナーとしていち早く仲間にすることに成功したヤマグチの選定眼の確かさにニヤニヤしたりもしていると、まあそういうわけです。

※ぜひ、Facebookでわたしをフォローしてください。ブログよりも更新が楽なので、スピーカーシステムの話、クルマの話、はるかにたくさんの発信をしています。簡単な動画ですが、スピーカーシステムの音を車内で録音したファイルも、Facebook内にはたくさんあります。鑑賞だけならアカウントは不要です。下のFacebookのURLから飛べます。
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北区・中之島の《キヤノンギャラリー大阪》への道順等は、以下の キヤノン公式ウェブサイトをご覧ください。
【キヤノン 公式ウェブサイト】

また初日の午後4時から1時間、上出さんによるギャラリートークが開催されます。「クルマの達人」という四半世紀を超える長期連載の表現者のひとりとして、どのように撮影の現場に立つのか、千差万別の表情をみせる被写体に向き合うのか、シャッターを切るのか。質疑応答の時間もあるので、皆さんの質問に対するスリリングな回答が聞けることと思います。わたしもマイクを持って袖に控えることになっていますので、会場で皆さんにお目にかかれることを楽しみにしております。
ところで、ギャラリーに展示される上出さんの写真は、すべて売り物であったりもします。実際、先日の東京の催でも購入された方がいらっしゃいます。A2サイズ個展展示現品で10万円を少し切る価格は、写真家の作品としては新進気鋭の作家に対する評価額として適正価格のようです。
作家と作品と評価とお金について、ふと思ったことを書いてみたいと思います。
昔、どうしても音楽関係の仕事がしたくて、そんなもので飯が食えるかみたいな半喧嘩のような父子のやり取りが大学を卒業する頃のわたしにもありました。どこの家庭にでもあるような光景だと思います。
そのとき父は、「コンサート会場に詰めかける何万もの人たちは全員音楽が大好きで、けれども大好きな音楽を提供する側はステージの上にいる数人ぽっちで、つまりその日会場に足を運んでお金を稼いで帰ってこられる人の割合は、一万分の1くらいだ。レコードを売って稼ぐなんてもっと低い割合だと思う。さてあなたは、数万人の先っちょの一人になれる自信があるか? あるいはそういう人たちを蹴落としてでも目立って認められたいというほどある意味がめつくなれるか?」と言いました。
軟弱なわたしはすぐにビビってギターを置いてしまったわけですが、作品づくりのための便利な道具が充実して、インターネットが普及して作品を世界に流通させる仕組みを安価で利用できる、そんな今の時代でも、創作して換金して生活を成り立たせてさらに次の一手のための糧を得るという一連の行為を連続させて生きてゆくことは、煎じ詰めればかつて父がわたしに言ったことと何一つ変わっていないと思います。
わたしより2歳年上の上出さんはもともとミュージシャン志望で、そのこと自体は我々の世代の男子の半数くらいは考えていたような青年の代表的夢想のようなことなのですが、実際に音楽を金にするための方法を模索するために上京して、バンド活動ではらちが明かないと悟ると実際に音楽制作の側に挑戦して、実際にクラブDJとしての活動も始め、実際に中森明菜の楽曲制作のような大きな仕事に携わることも経験して、2011年の東北大震災の非情を目にしたときに写真で遺す人になることを決意して実際にカメラを手にして、実際に撮影のために街に飛び出し、実際に作品集を自費で編纂(へんさん)して出版して、実際にフランスの展示会で作品を披露しキヤノンの公式ギャラリーで個展を開き、今や実際に写真を撮ることを生業とし、昨日も実際に連載「クルマの達人」の取材に同行して撮影を行い、来月も彼の写真は“上出優之利”のクレジットと共に実際に有料媒体に掲載され全国に流布されるわけです。
この“実際に”を実現するためのあれこれ……行動や発想や切り替えや思い切りや思い込みや勢いやあれこれ、おおよそ多くの人には躊躇されるような選択を、そのたびにしてきて“実際に”実現してきて今があるその作品があるという歴史が、欠かすことのできない作品の価値なのではないかと思うわけです。
写真の道へ進むと決めたとき、彼は音楽の道へ後戻りできないように所有する音楽機材をすべて手放し、ひとまず一銭にもならない作品づくりのために自分の時間の大半を注ぎ、まったく白紙だった写真に関わる人脈づくりのために足を棒にして人に頭を下げ、おそらくは生活のために苦虫を噛み潰すような思いも積み重ねつつ、ようやくの15年目に到達する今日を過ごしているということだと、想像します。
そのような経緯を経て目の前に存在する“写真”という作品を買うという行為は、単に欲しいものを手に入れるという消費行動ではないと思うんです。もちろん自宅の玄関に飾りたいとか、お気に入りのひとつとしてコレクションしたいとかいう目的があるかもしれませんが、その行為は上出優之利という生き方へのリスペクトであり、支払った金額の価値があることを買い手が証明しました、という動かぬ証拠を刻みアーティストを創ってゆくという文化的な行為だと思うのです。
もちろんそれは、余暇を使って趣味でサクッと撮った写真に価値がないということではまったくなく、そういう写真のほうが美術として素晴らしいとかそうでないとかいう意味でもありませんが、上出優之利という写真家がその1枚をそこに創造するに至った物語に与えられたのと同じ評価を得ることは難しいだろうと安易に想像できるわけです。
東京・銀座でのギャラリートークには、50人ほどの老若男女取り混ぜた観客が詰めかけ、質疑応答を含めて1時間半に及んだトークショーを立ち見で夢中になっていました。この人を惹きつける人間力が、作品の魅力であり評価であり、お金に置き換えられてゆくのだと思います。要は、写真作品魅力は、写真そのものだけではないだろうということです。
本日、大阪・中之島で開催されるギャラリートークには、どのくらいの人が集まるでしょうか。会期を通じてどのくらいの人が彼の作品を見に来るでしょうか。
「クルマの達人」の仕事を依頼した5年前、“あなたはきっとその人徳と実行力で海外で活躍するような写真家になるので、わたしはいま唾をつけにきた。”と上出さんに話しました。なにもかも自腹で突進してきた写真家としての活動に、日本だけでなく海外でも“評価の標し”としてお金を遺してゆく人が出始めていることをいちファンとして嬉しく思うと同時に、ひとつのコンテンツを共同で制作するパートナーとしていち早く仲間にすることに成功したヤマグチの選定眼の確かさにニヤニヤしたりもしていると、まあそういうわけです。

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