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Sクラスに乗るということ。






前回のブログで、大昔に雑誌へ寄稿した原稿をそのまま紹介してブルーノ・サッコ氏を偲びました。書き手にしてみれば、過去恥部のカタマリのような文章ですが、一部の方々からとても懐かしむ声が寄せられていまして。いまでも似たような雑誌はあるでしょうし、なんならインターネットをさらえば自動車の記事なんてゴマンとあるじゃないかと思うのですが、まあ褒める人あれば今の若いもんにもそれほど引けを取らない文章なんじゃないかと思い違いも簡単なわけで、ちょっとオヂサンうれしかったりもした次第です。

15年ほど前までは、とにかく朝から晩まで書いて書いて書きまくっても片付かないほどありとあらゆる種類の原稿を納めていたので、同程度のクオリティの原稿ならば、Macの中にごっそり残っています。うれしかったついでに、それほど喜んでくれる人がいるのならば少し掘り返してみてもいいかなと思い始めています。文字数の制限や、編集部や制作会社からのリクエストで当時の原稿に盛り込めなかった取材データの中に無数にある興味深い話を交えながら、またYOUTUBEに番組でも作って紹介するのも楽しいですね。

一部にびっくりするほど博識、経験豊富な人がいるのは確かですが、それ以外のほとんどの場合は自動車雑誌の編集部員だから自動車に詳しいなんてことはないので、テーマだけ与えられて、記事の切り口を含めた構成をまるっと放り投げられることも多かったので、お陰様でと言っていいやらどうやら、誌面作りに必要なコンテやら挿画を作るための原画として作ったデータもたくさんMacの中に残っています。そういうものを必要に応じてお見せしながら裏話と共に話しても楽しいと思います。。。ん、見てる人も楽しいのか? わたしは楽しそうだなと思っているんですけど。

で、以下はたしか2009年にオンリーメルセデス誌に寄稿したものです。例によって「Sクラスの特集をやりたいけど、旧い世代は任せます。切り口も含めて考えて4ページで提案してください」みたいなオーダーだったと思います。そのときは、対外的なSクラスの価値と社内に於けるモデルごとの商品としての役割という2つのことを、ホイールベースとリアシートの居住性の変遷から探ってみよう、という提案をして記事を作った記憶があります。

以下、当時の入稿原稿そのままです。挿画や表は、作画のためにこさえたデータなのでいい加減な感じで失礼します。マイバッハの写真は、1997年の東京モーターショーでプレス向けに配布された広報資料から使用しています。

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Sクラスに乗るということは、どういうことなのだろう。

メルセデス・ベンツは、同種の乗用車を製造するメーカーの中における自動車ヒエラルキーと呼んでもいい格付けの中で、頂点に君臨するメーカーだ。ロールスロイスやベントレーは、もはや純然たるメーカーではないし、長い歴史に裏付けられた格調の高さや、新型車が発表されるたびに盛りこまれる最新技術の開発力をみても、これは明らかだ。また、もとよりフェラーリやポルシェに類するクルマはメルセデス・ベンツには存在しない。


そして同様に、メルセデス・ベンツは、自社のモデルの中にも厳然たるヒエラルキーを与えている。言うまでもなく、Sクラスは4ドアセダンというカテゴリーにおいて、頂点に立つ。そのポジションは、モデルの新旧を問わず生き続ける。97年に東京モーターショーで発表されたマイバッハのコンセプトカーのボンネットには、スリーポインテッドスターが輝いていた。けれども、Sクラスを超える車格のモデルがラインナップされることが社内で認められず、マイバッハという別ブランドからの発売に至ったことは有名な話だ。世界の頂点に立つメルセデスの中の頂点に格付けされた格式を手に入れること。それがSクラスに乗るということなのだ。

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1997年の東京モーターショーで発表されたマイバッハは、当時メルセデスの横浜デザインセンターに在籍していたオリビエ・ブーレイがまとめた。障子をイメージさせるルーフなど、和風な意匠も散見されるマイバッハは、この時スリーポインテッド・スターを冠し、Sクラスの上に立つ特別なメルセデスとして発売される予定だった。けれどもメルセデスにおいてSクラスを超えるセダンの存在は認められないという社内の方針により、マイバッハという別ブランドの下で発売された。その時メルセデスでの発売を主張した人物に、ダイムラーAGの現C.E.O.ディーター・ツッチェもいる。このことは、Sクラスとマイバッハの今後の関係に少なからず影響を与える可能性がある。

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メルセデスにおける頂点のモデルがSクラスと命名されてから、現行モデルで5世代を数える。そして、歴代のSクラスにはショーファー、つまりリアシートに招いたゲスト、あるいはドライバーに運転を託したオーナーのための快適な移動空間という役目が与えられ、そのために相応しいロングホイールベースモデルが用意された。ところが1モデルだけ、ドライバーズカー方向に発想をシフトしたモデルが存在する。4代目、V220である。メルセデスは、同時期に発売が開始されることになったマイバッハに純粋なショーファーとしてのポジションを与え、V140までが担っていた最高級のドライバーズカーとショーファーの二役を分離した。もっともW220においてもマイバッハまでは必要ないという顧客のために、ロングホイールベースモデルのV220は変わらず設定されたし、全席においてSクラスの名に恥じない快適性は保たれたが、先代よりもグンと小振りになり、これまで拡大の一途を辿っていたホイールベースが初めて縮小された。その影響は、アウトバーンにおける超高速走行時の効率を高めるための滑らかに空気をいなすルーフ後端の形状と相まって、後席頭上の空間に顕著に表れた。このことはショーファーとしての魅力を薄めることにつながる結果となった。この1点において、V220のSクラスとしての資格に疑問を唱えるメルセデスファンが存在することは確かだ。果たして、V220をどう判断するか。

少なくとも私は、V220も歴代のモデルに並ぶSクラスの資格を備えていると思っている。確かにショーファーとしての用途を優先したい層に、V220を積極的に勧めることはしない。けれども最初にお話ししたように、Sクラスを所有する悦びとは、まず第一義に最高峰のメルセデスという格式を手に入れることである。言うまでもなく、その格式とはメルセデス自身が授けるものだし、そのためにV220に盛りこまれた快適性や高い安全性、操縦性は、紛うことくSクラスたる高次元なものだ。

そして、後継のV221が再び拡大方向にシフトしたことをことを知るにつけ、Sクラスというヒエラルキーを享受しつつドライビングできるコンパクトなセダンが、近い将来において登場することは考えにくい。さらにV220がすでに新車ではなく、中古車としての購入の動機の多くがマイカーであることを考えると、ショーファーとしての後席の意義はそれほど大きな問題にならないのではないか。V220、コンパクトとはいっても、家族のためのセダンとしては十分以上なサイズであることは、一見すれば十分にお分かりだろう。

最後に1つ。いや私はV140派なのだ、というのであれば、それはもちろん大いに結構。もし私が子供であれば、ダイアナ妃も座ったあの広大な後席に私を乗せてドライブに出かけてくれる父親など、夢のまた夢の贅沢なのだから。


オンリーSクラス車両
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歴代のSクラスにおけるホイールベースの変遷をW126以降のモデルで比較してみた。W126が先代のW116より、すでに100mm長いホイールベースを備えて登場していることを振り返ると、ホイールベースを前モデルから縮小したのはW220のみである。もっともW220であってもW126と同等のホイールベースを備えるロングホイールベースカーであるが、高速走行時の良好な空力特性を持つルーフラインが与えられ、その結果それ以外のモデルにくらべて後席頭上のスペースをわずかながら狭めている。後席シートバックの角度と乗員の頭の位置が示す線に、ショーファーとしての資質の大小を見ることができる。その背景にマイバッハの存在があったことは、言うまでもない。




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