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大好きなクルマと大好きな音楽と。

April 2022

【報告】ロードスター ジャンボリー






ロードスタージャンボリーに参加され
た皆さん、3年ぶりの集いを満喫され
ましたでしょうか。

わたしは、スピーカーシステムを搭載
したNA、NB、NC、NDの4モデ
ルを会場に揃え、皆さんが待ちに待っ
たイベントを盛り上げる一助になれた
らという思いで参加させていただきま
した。



LP

かつて2代目、3代目の開発主査を務
められた貴島孝雄さんは、「それを運
転している人の存在が感じられないよ
うなクルマでは駄目だ。ロードスター
は、人生を豊かにするために生まれて
きたクルマなのだから」という意のこ
とをおっしゃいました。

4代目の開発主査を務められた山本修
弘さんは、「守るために変える」とい
う志を掲げ、ともすれば肥大化・巨大
化する世界の自動車づくりの潮流に引
きずられて、剛力至上主義、マシン至
上主義の波間にロードスターが消えて
しまうかもしれない危惧を感じ、社内
外にあった時流に沿った次期型を求め
る声の前に立ちふさがり、今どき世界
に類を見ない軽量小排気量のNDを送
り出しました。マシンオリエンテッド
な時流にあって、ヒューマンオリエン
テッドを守った快作がNDというクル
マです。

それらはすべて、初代主査を務められ
た平井敏彦氏が夢見た「誰もが幸せに
なれる(自動車づくり)」というスト
レートなメッセージをそれぞれの時代
で具現化するために必要な解釈だった
のだと思っています。

クルマという機械よりもまず人である。
そして我々の作品を選んでくださった
人々の豊かな人生の実現こそ、最優先
される性能指標なのですよ、というこ
とが明け透けに感じられる愛おしさが
四半世紀以上も揺るがない。

ロードスターなら安心して手に入れら
れる。ロードスターが我が家にやって
くればきっと素敵なことが始まる。そ
んな気持ちにさせてくれる理由は、こ
のように連綿と守られてきた
“一筋の律儀”にこそあるのではないか
と思っています。

さらに加えて言えば、人と人が直接会
い、表情を知り、言葉を交わし、意思
を交えることが、そのようなものづく
りや自動車趣味を楽しむことにおい
て、どれほど重要な役目を果たすのだ
ろうとも感じるわけで、コロナ禍が停
滞させた日常が回復する兆しとして、
3年ぶりに「ロードスタージャンボ
リー」が開催されたことの意味は、感
動的であると称してもよいほどの出来
事だと思います。


わたしも、ロードスターで音楽を楽し
む、という体験をしてくださった方々
からたくさんの感動をいただきました。
ものづくりをして、なにかの成果物を
提供する側に立つ者として、これ以上
の喜びと勇気はないだろう、というほ
どのこともいくつかありました。たっ
た一日のイベントであったのに、です。

その中の1つを紹介します。




その方は、とても遠慮がちにわたしの
NAに乗り込んできました。そして、
まだきちんと着席していない半身の体
勢で、こんなことをおっしゃいました。

「あの……自分は片方の耳が聞こえな
いんですが、そのような者でも大丈夫
なんでしょうか……」

もちろん! それは音楽を楽しむことの
本質に関係ありません。どうぞ座って
ください。

わたしは反射的にそう答えて、ドアが
閉まった車内でこんな説明をしました。


残念ながら片耳の聴覚でステレオとし
ての左右感や立体感を感じることは難
しいと思います。けれども、音楽の要
素はそれだけではありませんし、音楽
の感動を喚起させてくれる要因は他に
もたくさんあります。

高音域が聞こえにくいとか、低音域が
ビリビリ聞こえるとか、そのような方
からの相談は、これまでもありました。
例えば現代には、DSPという機材が
あります。実際に自分の愛車で大好き
な曲を聴いてもらいながら、自分の聴
覚の個性に合わせた音に調整すること
も可能です。技術っていうのはそうや
って使うものですから、決して特殊な
使い方とも思いません。

はい。はい。と頷いている彼の、なん
だか申し訳なさそうにしているよう様
子がとても気になりましたが、まず聴
いてみてください、と言って、曲をか
けました。用意した楽曲の中から、小
田和正の「哀しみを、そのまゝ」を選
んだと記憶しています。耳の様子がわ
からないので、低音域が薄く、高音域
の刺激も少ない音源です。

曲が始まってすぐに、うわぁ……とい
う声が聞こえました。大きな声ではな
く、息を飲み込むような声でした。そ
してその後すぐに、綺麗だ……すごく
綺麗です、と言ったっきり、何も言わ
なくなってしまいました。

曲が始まって1分も経たないうちに、
しゃくりあげるような気配が感じられ
たので、そっと彼の方を向きました。
彼は、ぽろぽろと涙を流して泣いてい
ました。時々息をつまらせて、嗚咽に
近いような泣き方をしていました。


彼の様子が落ち着くまでに少し時間が
かかりましたが、それからこんなこと
をわたしに話してくれました。

音楽を演っていたそうです。DJだっ
たんだと教えてくれました。けれども、
3年ほど前に、突然片耳の聴覚を失い、
それ以来、音楽を楽しむことがなくな
ってしまい、むしろ音楽を避けていた
のだそうです。

ロードスターは、それ以前から所有し
ていて、今でも大切にされているそう
です。わたしが、「ロードスターの
オープンエアドライビングを音楽と一
緒に楽しもう!」という目標を掲げ
て、スピーカーシステムづくりをして
いることも知っていたそうです。

ほんとにそんなことができるのだろう
か。もしできたら最高に素敵じゃない
か。でも、自分は片耳の聴覚を失って
しまったのだから、もう楽しめない……。


今日ジャンボリーの会場に来て、わた
しのNAに乗り込み、一曲目を聴くま
でに、3年間に及ぶ葛藤や悩みがあっ
たのだろうと想像します。そして音が
聞こえたその瞬間、いくらでもあふれ
る涙が止まらないほどの何かが彼の心
に起こったということだと思います。

クルマから降りる間際「音楽がまた好
きになりそうです」と言ってくれまし
た。

私の方こそ、とてつもなく大きな感動
をいただいた時間でした。




彼の涙や感激には、その瞬間に至るま
での出来事や心に刻んだ物語という伏
線があってのことだと理解しています。

けれども、そうであったとしても、こ
のような、つまりわたしのほうこそ大
泣きしてしまいそうなのを抑えるのが
必死なほどの気持ちの交流ができたこ
とに、とてつもなく大きな価値を感じ
ています。それこそが、視線を交える
こと、表情を知り合うこと、声を聞く
こと……つまり現実の出来事としてリ
アルな現場で感じ合うことの意味だと
確信しています。


2022 ロードスタージャンボリーで起
こったたくさんの事事のうちのひとつ。
雨降りの午前中、幌が閉まって窓が曇
り、誰にも様子を知られないわたしの
黄色いNAロードスターの中で起こっ
た出来事を紹介しました。




まず人がいる。
そして人のそばにロードスターがいる。

この並びこそが、ロードスターの心で
あり、その他のスポーツカーと同属に
区分けされない極めて重要な誕生の初
心であり、いばらの道をかい潜りなが
らも連綿と守り続けられてきた
“創り手と使い手の双方にとって大切な
約束事”なのだから。


そのことを、また確かめることができ
た2022ロードスタージャンボリーでし
た。


ロードスタージャンボリーの開催を大
雨の中支えてくださった運営スタッフ
の皆さん、そしてわたしの活動に協力
してくださった仲間たちに、大きな謝
意を示したいと思います。多謝。



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