崎山和雄
崎山和雄さん・上出優之利 写真個展「クルマの達人」
2025/07/18 09:14 Filed in: “書き”のお仕事
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【上出優之利 写真個展「クルマの達人」】
東京・銀座で絶賛開催中ですが、《明日(7月19日・土)の午後3時から》、写真家の上出優之利さんが皆さんの前で、展示中の作品を一点ずつ振り返りながら、氏にとっての撮ることについて説いてくれる約1時間のトークショーを開催します。
この席に「クルマの達人」で紹介したクルマの達人も駆けつけてくださり、上出さんといっしょにご自身の仕事についてお話をしてくださいます。詳細はブログの後半にありますので、ぜひ皆さんもいらしてください。
わたしの方でご来場予定を把握している方々、どのような「クルマの達人」なのか、ご来場いただける皆さんにお知らせしておきたく、誌面に掲載した原稿をここで紹介します。
三人目は……
崎山和雄さん
崎山自動車サーヴィス
俺は永遠の自動車少年。
これまでも、これからも。
『人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。』
路地を挟んだ向かいには、小さな八百屋さん、錠前屋さん、ガラス屋さんなんかが商売をしている。籠の上に載っかった真っ赤なトマトを指さしながら、腰の曲がったおばあちゃんと夕飯の材料を求めにきたお客とのやりとりが微笑ましい。隣の錠前屋では軽トラから小さな段ボール箱を忙しく店の中へ、ガラス屋の老主人は店の奥の作業台でサッシに刃物を当ててなにやら作業中だ。
ちょっと騒々しい変わったクルマがやってくると、近所の窓から半ばいぶかしげにも見える興味深そうな顔が覗く。崎山自動車サーヴィスは、古くからの人が住む東京の街角の小さな自動車修理工場だ。
20年前、初めて崎山さんさんのことを紹介した「クルマの達人」を、わたしはこのように書き始めた。崎山自動車サーヴィスは、名うてのメカニックが工具を振るう整備工場として当時つとに名高く、愛車の仕上がり具合を覗きに立ち寄る有名人の姿も頻繁にあった。けれども、そのようなことを鼻に掛ける気取りはまるでなく、いわゆる町の整備工場そのものだった。
クルマの腹下から寝板を滑らせて現れた崎山さんに散歩する近所の人が「いい天気ね」と声を掛けるのと同じ調子で、整備が終わったアストンマーチンを引き取りに来たテレビでよく顔を見かけるような人に「クラッチをもっとうまくやらなきゃ、また壊れちゃいますからね。ミートはこういう感じで……」と手振りを添えてニコニコと話す。その名調子をうなずきながら聞くクルマの持ち主の表情の、なんと楽しそうなことか。
いつも話してくれる「町の修理屋の代表みたいになりたかったの。それを東京でやりたかったわけ」という台詞ままの崎山自動車サーヴィス、今年いっぱいで幕を下ろす。ちょうど60年間東京で、すなわち戦後輸入車の移ろいのすべてを整備の現場で見続け、支えてきた「クルマの達人」が間もなく仕事の為の工具を置く。
「品川の大井町っていうところで生まれたんだけど、伊達のお屋敷が進駐軍に接収されてたせいで外車だらけの町だった。格好いいなって憧れたよ。で、中学の時は自動車雑誌を古本屋で手に入れて隅から隅まで読むようになって。16歳から赤坂にあったジャックス・ガラージっていう整備工場で働き始めて、気がついたら77歳になってた。
大人ってのはさ、よく見てると思う。職業訓練校に入れって勧めた叔父さんは、おまえはクルマが好きでそれ以外はできないっていう理由で話をしてくれたし、訓練校の先生に呼び出されたかと思ったら、おまえは将来好きなこと以外やるな、そういうタイプの人間だって諭された。
それに輪を掛けるような言葉でいろいろ教えてくれたのは親父(ジャック・Y・タナカ=ジャックス・ガラージの社長メカニック。崎山さんと血縁関係はない)だと思う。まだ働き始めたばかりの俺にプラグ交換をしろって。いや、そんなのできませんよって答えたら、好きなんだからできないわけない。やってみろ、って。1ドル1200円くらいで輸入部品の値段を計算していた時代だからね、プラグでも給料を軽く超える高級品で、しかも簡単に折れちゃうほどやわい。無茶なことを言う人だって感じたけど、俺のことを本当によく見抜いてくれたんだなって思う。21歳の時、おまえは将来自分で工場をやるに違いないので、自分が整備できるようになるだけじゃなく、人の使い方を覚えろ、とかね。
若かった頃に親父が掛けてくれたそういう言葉は自分の力になっている。何かあったときに慰めてくれる人より、力になる言葉を掛けてくれる人が好きなの。俺が24歳の時に若くして亡くなっちゃったけどね」
一間間口の商店が並んでいた場所にはマンションが建ち、通りを行き来した昔からの顔もすっかり減った。今や崎山自動車だけがこの界隈に流れる昔ながらの空気を残している場所になってしまった。
「体力のこともあるけど、もういいかなって。一つのことに60年だからね。もう十分でしょ。
若い頃に“東京には整備工場が掃いて捨てるほどある。でもおまえに金を払いたいから来てるんだ。なんたって、おまえみたいなのは放っておけない。”って、お客さんによく言われたよ。男芸者だからさ、俺がやるメカニックって仕事は。工場はステージで、そこで舞うわけだよ。こりゃあ凄いって、喜んでもらってなんぼだから。あっという間だったね、60年。
夢幻のごとく……。織田信長が好きだった『敦盛』の一節、いいでしょ。あまりに一瞬のことで、自動車少年のままだから。永遠の自動車少年のままだから」
※2020年10月取材

【上出優之利 写真個展「クルマの達人」】
19日(土)15時からのトークショーでは、わたしもマイクを持たせていただきます。
【キヤノン公式ホームページ 上出優之利写真展「クルマの達人」】
※ぜひ、Facebookでわたしをフォローしてください。ブログよりも更新が楽なので、スピーカーシステムの話、クルマの話、はるかにたくさんの発信をしています。簡単な動画ですが、スピーカーシステムの音を車内で録音したファイルも、Facebook内にはたくさんあります。鑑賞だけならアカウントは不要です。下のFacebookのURLから飛べます。
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【上出優之利 写真個展「クルマの達人」】
東京・銀座で絶賛開催中ですが、《明日(7月19日・土)の午後3時から》、写真家の上出優之利さんが皆さんの前で、展示中の作品を一点ずつ振り返りながら、氏にとっての撮ることについて説いてくれる約1時間のトークショーを開催します。
この席に「クルマの達人」で紹介したクルマの達人も駆けつけてくださり、上出さんといっしょにご自身の仕事についてお話をしてくださいます。詳細はブログの後半にありますので、ぜひ皆さんもいらしてください。
わたしの方でご来場予定を把握している方々、どのような「クルマの達人」なのか、ご来場いただける皆さんにお知らせしておきたく、誌面に掲載した原稿をここで紹介します。
三人目は……
崎山和雄さん
崎山自動車サーヴィス
俺は永遠の自動車少年。
これまでも、これからも。
『人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。』
路地を挟んだ向かいには、小さな八百屋さん、錠前屋さん、ガラス屋さんなんかが商売をしている。籠の上に載っかった真っ赤なトマトを指さしながら、腰の曲がったおばあちゃんと夕飯の材料を求めにきたお客とのやりとりが微笑ましい。隣の錠前屋では軽トラから小さな段ボール箱を忙しく店の中へ、ガラス屋の老主人は店の奥の作業台でサッシに刃物を当ててなにやら作業中だ。
ちょっと騒々しい変わったクルマがやってくると、近所の窓から半ばいぶかしげにも見える興味深そうな顔が覗く。崎山自動車サーヴィスは、古くからの人が住む東京の街角の小さな自動車修理工場だ。
20年前、初めて崎山さんさんのことを紹介した「クルマの達人」を、わたしはこのように書き始めた。崎山自動車サーヴィスは、名うてのメカニックが工具を振るう整備工場として当時つとに名高く、愛車の仕上がり具合を覗きに立ち寄る有名人の姿も頻繁にあった。けれども、そのようなことを鼻に掛ける気取りはまるでなく、いわゆる町の整備工場そのものだった。
クルマの腹下から寝板を滑らせて現れた崎山さんに散歩する近所の人が「いい天気ね」と声を掛けるのと同じ調子で、整備が終わったアストンマーチンを引き取りに来たテレビでよく顔を見かけるような人に「クラッチをもっとうまくやらなきゃ、また壊れちゃいますからね。ミートはこういう感じで……」と手振りを添えてニコニコと話す。その名調子をうなずきながら聞くクルマの持ち主の表情の、なんと楽しそうなことか。
いつも話してくれる「町の修理屋の代表みたいになりたかったの。それを東京でやりたかったわけ」という台詞ままの崎山自動車サーヴィス、今年いっぱいで幕を下ろす。ちょうど60年間東京で、すなわち戦後輸入車の移ろいのすべてを整備の現場で見続け、支えてきた「クルマの達人」が間もなく仕事の為の工具を置く。
「品川の大井町っていうところで生まれたんだけど、伊達のお屋敷が進駐軍に接収されてたせいで外車だらけの町だった。格好いいなって憧れたよ。で、中学の時は自動車雑誌を古本屋で手に入れて隅から隅まで読むようになって。16歳から赤坂にあったジャックス・ガラージっていう整備工場で働き始めて、気がついたら77歳になってた。
大人ってのはさ、よく見てると思う。職業訓練校に入れって勧めた叔父さんは、おまえはクルマが好きでそれ以外はできないっていう理由で話をしてくれたし、訓練校の先生に呼び出されたかと思ったら、おまえは将来好きなこと以外やるな、そういうタイプの人間だって諭された。
それに輪を掛けるような言葉でいろいろ教えてくれたのは親父(ジャック・Y・タナカ=ジャックス・ガラージの社長メカニック。崎山さんと血縁関係はない)だと思う。まだ働き始めたばかりの俺にプラグ交換をしろって。いや、そんなのできませんよって答えたら、好きなんだからできないわけない。やってみろ、って。1ドル1200円くらいで輸入部品の値段を計算していた時代だからね、プラグでも給料を軽く超える高級品で、しかも簡単に折れちゃうほどやわい。無茶なことを言う人だって感じたけど、俺のことを本当によく見抜いてくれたんだなって思う。21歳の時、おまえは将来自分で工場をやるに違いないので、自分が整備できるようになるだけじゃなく、人の使い方を覚えろ、とかね。
若かった頃に親父が掛けてくれたそういう言葉は自分の力になっている。何かあったときに慰めてくれる人より、力になる言葉を掛けてくれる人が好きなの。俺が24歳の時に若くして亡くなっちゃったけどね」
一間間口の商店が並んでいた場所にはマンションが建ち、通りを行き来した昔からの顔もすっかり減った。今や崎山自動車だけがこの界隈に流れる昔ながらの空気を残している場所になってしまった。
「体力のこともあるけど、もういいかなって。一つのことに60年だからね。もう十分でしょ。
若い頃に“東京には整備工場が掃いて捨てるほどある。でもおまえに金を払いたいから来てるんだ。なんたって、おまえみたいなのは放っておけない。”って、お客さんによく言われたよ。男芸者だからさ、俺がやるメカニックって仕事は。工場はステージで、そこで舞うわけだよ。こりゃあ凄いって、喜んでもらってなんぼだから。あっという間だったね、60年。
夢幻のごとく……。織田信長が好きだった『敦盛』の一節、いいでしょ。あまりに一瞬のことで、自動車少年のままだから。永遠の自動車少年のままだから」
※2020年10月取材

【上出優之利 写真個展「クルマの達人」】
- ★7月15日(火)~26日(土) キヤノンギャラリー銀座
19日(土)15時からのトークショーでは、わたしもマイクを持たせていただきます。
【キヤノン公式ホームページ 上出優之利写真展「クルマの達人」】
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