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大好きなクルマと大好きな音楽と。

Bow。

Bow。さん、逝く。






Bow。さんが旅立たれた。

親しいと言えるような個人的な付き合いがあったわけではありませんが、「クルマの達人」に登場していただくために取材したときの心地よさをよく覚えています。数年前に、癌を患ったそうだと人づてに知って、少し落ち着いた頃だとも聞いたので携帯電話を鳴らしてみたけど応答はありませんでした。喉の腫瘍だったと後で知りました。

Bow。さんのことを書いた「クルマの達人」を掲載します。2007年のちょうど今ごろの季節に書店に並んだものです。写真は橋本玲さん。誌面に掲載したものとは違う、未公開のカットです。誌面ではもう少し厳しい表情をしたものを使いました。あの頃は誌面に緊張感を持たせるためにそれがいいと思ってのことでしたが、こちら表情の方が、わたしの知っているBow。さんらしいと思います。アトリエのガレージにあった、「TR-3」の写真も添えておきます。この写真が撮られた17年前の時点ですでに40年の連れ合い。誰もが知っている、あのTR-3です。

Bow。さん、やすらかに。

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魂って、本当に存在するんでしょうか。もし存在するとしたら、それはいったい身体のどこにあるんでしょう。やっぱり頭の中、それとも胸の奥かしら。

Bow。さんの仕事場にあるガレージで、コーヒーをすすりながらの楽しい話も終わり、住宅街の細い道をてくてくと散歩のようにのんびり歩きながら、そんなことを考えていた。甲州街道に出る頃には、もう違うことが気になっていたんですけどね。だってこの大通り、今日もすごいクルマの流れ。意識は自然に、走るクルマへと向かいますから。

「実は20代の頃は、ファッション関係の仕事に精を出してたんだ。自動車の絵を描く仕事も十分あったけど、それよりももっと派手なシーンで生活していたような気がするな。だから当時は自動車の絵が仕事の中心っていう感覚は、なかったの。ファッション関係の仕事が面白くて、そっちに夢中だったんだね。

でもね、自動車の絵は頼まれなくてもずっと描いてた。3歳のころからだから、自動車の絵は。

おばあちゃんがね、甲州街道まで散歩によく連れてってくれたわけ。進駐軍の兵隊が乗るアメリカ製の最新型がカッコよくてね。あたりが暗くなって、“和弘、もういいでしょう?”って急かされても、あと少しあと少しって眺めては、家に帰って新聞の折り込み広告の裏に描いてたんだよ。好きだったんだね、自動車が」


Bow。さんの描くクルマの絵は、エッチだと思う。誰が乗ってきて、誰を待ってるのだろう。5分後の絵の景色には、もうそのクルマはいないかもしれない。誰とどこへ向かってしまったのかしら。切り取られた情景の中に時間の流れが見えてきて、妄想が膨らんでしまう。言葉知らずで失礼極まりないが、とてもエッチだと思うのだ。

「そう、僕の頭の中は、とてもエロティックだと思う。注文主からお題を与えられて、それは大抵“こういう色のこういうクルマで”というものなんだけど、少なくとも2日間くらいは、イメージを膨らませてるだけだよね。若い頃に絵を習ったことがあるんだけど、その頃からそうだった。ただ自動車をデッサンするような絵じゃなくて、観てくれる人たちが物語を感じてくれるような絵にしたいんだ。

こういうことなんですよなんていう答えがあるわけじゃなくて、十人十色、それぞれの記憶の中で共鳴する空気を感じてくれればいいと思う。僕の知らないところで、僕には想像もつかない物語が添えられてるのかななんて考えたら、本当にうれしい」

魂って、身体の中にあるんじゃなくて、思いを込めた何かがその人の手を離れた瞬間に、そこに宿るものなのかもしれない。言葉が口を離れて言霊になるように、絵は思いを描きあげた瞬間に魂を宿すのだとしたら、これは最高にエロティックだと思う。どこで誰の感性を濡らすかも分からない。わたしは、Bow。さんの絵、とてもエッチだと思う。



自動車が描きたい
その気持ちは譲れなかった


今も子どもの頃と変わらず、ドキッとした瞬間のクルマのいる風景を頭の中で紡ぎながら、作品を描いているのだというBow。さん。30代に大きな気持ちの転機を迎えたと教えてくれた。

「自分が何をやりたいのかっていうことに、相当悩んだ時期があってね。もちろん生活もあるから、好き勝手やっていいわけじゃないし、でも何か本当に集中したいことに正直に向かい合えていないような自分が嫌になっていたんだと思う。悩んだよ。

でもね、突然ひらめいたの。僕、自動車の絵が描きたいんだって。それがお金になるかならないかは、みなさんが決めてくださることで、仕事にならないから描かないというのは違うだろうって。自動車の絵を描くということを生き方の中心に据えて、ごはんを食べるためにやることなんて、別にどんな仕事でもいい。それでいいやって思えてからは、本当に気持ちが楽になったんだよ。なんだか毎日幸せだなぁって、感じられるんだ」

それでも幸いに、大した浮き沈みもなく今日まで来られたのは、運もよかったのかもねと笑うBow。さん。今や、クルマ好きが集まる場所ならどこででも見かけるあの絵に、そういう逸話があったことに驚いていると、こんなことを話してくれた。

「誰にでもあると思う、僕にとっての自動車の絵のような大切な存在って。それが見つからないって嘆く人が多いみたいだけど、見つけるものなんだと思う。見つける気持ちをあきらめないで、ずっとずっと自分を信じて探し続けなきゃ。

コレだってひらめくのが、20歳だって40歳だって70歳だっていいじゃない。見つけたその目標を頭の上に掲げて、今日は昨日よりも1ミリ近づいたな、あっ今日は昨日より1メートル下がっちゃったから明日は2メートル進もうって。そういうのが楽しいんだよ。それを絶対に仕事にしようなんて構えて疲れちゃうんじゃなくて、毎日地味に働いてるけど、自分にはアレがあるぜ、って思えることが最高に愉快なんだって」

ちょっと格好いいこと言い過ぎてるみたいで恥ずかしいね、と笑いながら、一目惚れして40年連れ添ってきたトライアンフTR3の話をはじめたBow。さん。マロニエの落ち葉道に静かに止まるクルマの絵に感じたあの空気、こういう男のみつごの魂が込められた作品なのだと知った。
 


「どうしても描き続けたい
 自動車の絵を描く動機はそれだけだよ。。。」

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