クルマの達人

クルマの達人 三菊自動車/上野富五郎、久さん

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クルマの達人

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変わったのは回りだけ

本質はずっと変わらない

 よかった。本質はなにも変わっていないのである。

「そりゃ、おんなじだよ。クルマも人間も、裸にしちゃえば昔となにも変わっていない。例えばエンジン。今はインジェクションが付いていて、なんだかセンサーやらコンピュータやら難しいことになっちゃってるけど、シリンダーの中でピストンが上下して、クランクシャフト回していること自体はずっと変わっていない。人間だって一緒だよ。着てるものや食べ物は変わったけど、裸になっちまえば同じ。メカニックの仕事の内容は、ずいぶん変わっちゃったけどね。昔はなんでもかんでも直すのが当たり前だったから、エンジンオーバーホールなんか、しょちゅうだったよ。今じゃ診断用のコンピュータつないで、悪い部品交換するだけでしょ。それで直るクルマはいいかもしれないけど、手を入れて修理できるメカニックは育たないよね」

 上野富五郎さん、91歳。昭和3年からメカニックとして働き、15年に出兵。大陸を8年間軍服で歩き、再び日本の地を踏んだときには三十路を過ぎていた。そして再びメカニックとして復職。今は息子の久さんの仕事振りを見守り、時折話を聞きに来る親方格のメカニックのご意見番のような存在である。聞けば80過ぎまで現役でスパナを握っていた、ということだ。

「最後にやった仕事は、フィアットのエンジンのオーバーホールだね。ボーリングしてオーバーサイズのピストンを入れてね。

 ほんとは最後にもっと大きなエンジンをやりたかったんだけど、まぁいいじゃない。やっぱり腕っぷしが弱くなると、メカニックとしていい仕事納めるにはキツイからね。でもさ、昔と今じゃなにもかも変わっちまったって言うじゃない。確かに昔は良かったなって思うところもあるよ。

 戦争に負けてからは、口ばっかり自由になってるけど、やってることは何もかもアメリカに押さえられちゃってるって感じるしね。あんたの言うように、ひとつのことにじっくり取り組むことが出来る若者が減っちゃった、っていうのもそうだよね。

 けどね、辛抱が足らないヤツっていうのは、昔からやっぱりいたんだよ。メカニックだって、あれ、あいつ辞めちゃったの? なんてヤツは、やっぱりいた。今じゃそういうことするとみっともないっていう風潮が薄れているようには思うけど、頑張るヤツは頑張るし、伸びるヤツは伸びてくる。

 裸にひんむいちゃえば同じだからさ、心配ないよ」


クルマの整備は80歳まで

運転は今でも現役だよ


 六本木ヒルズが天を仰ぐような角度で視界にはいる。ヒルズツアーのガイドの後をぞろぞろついて歩く地方からの観光客の目には、こんなところにクルマ4台でいっぱいになるような小さな間口の自動車整備工場がある、という景色が目に馴染まないかもしれない。

「ばか言ってんじゃないよ。オレがここで三菊自動車を始めたのは昭和28年。その頃は、この辺一体原っぱみたいなもんだったんだよ。なんたって、クルマの出し入れの便がいい ように、交通量の少ない道っぱたを選んでここに工場構えたんだからさ」

 それにしても、今では名うての観光地のど真ん中。どんなオーナーのどんなクルマが、整備を受けにやってくるのだろう。

「昔からのお馴染みさんも結構いるし、この辺に勤めてる人とかね。あのぉ、ここってクルマ診てもらえるんですか? って入ってくるのが面白いよね。でもね、基本的に紹介で来てくれるお客さんで、もういっぱいいっぱいなんだ。だから悪いけど、突然やってきてクルマ置いて帰りますから、っていうのは無理なんだよね。まぁ狭いところで、オレひとりでやってるんだから、その辺は勘弁してほしいかな」

 現在、工場を切り盛りしているのは久さん。エンジンをオーバーホールするというようなオーナーも少なくなってしまったので、ひとりで十分なのだとか。

「基本的にどんなクルマでも診るけど、そういったわけで極端な重整備は受けられないね。あと、コンピュータがないと手も足も出ないようなクルマは、そういうのが揃ってるところに持っていった方が、お互いのためだとも思うよ。親父が現役でやってるころは、しょっちゅうエンジンオーバーホールみたいなこともやっていたけどね。あぁいう作業は、やっぱり親父には敵わないなぁって思うもん」

 東郷元帥のクルマを整備した話で 同行したカメラマンと盛り上がっていた富五郎さんが、隣から口を挟んだ。

「だって、そりゃしょうがないよ。クルマがはいってくりゃ全部バラバラっていう修理の時代のメカニックじゃないんだもん。何事も経験が腕を磨くっていうことがあるからね。仕方ない」

 本当は今日、更新に行くつもりだったんだと言って、手書きの古い免許証と現行の免許証を並べて見せてくれた。まだ運転するんですか? の問いに、当たり前じゃない。まだバンバン走ってるよ、と一括された。なるほど、ひょっとしたら私よりもずっとトバしそうな威勢のよさ。

「オレの人生、全部クルマと一緒に来たようなもんだからさ」

 そういう親父と、傍で微笑む息子の表情に、不思議なぬくもりを感じる三菊自動車であった。


copyright / Munehisa Yamaguchi

Car Sensor 2003 Vol.40掲載

「人もクルマも裸にしちゃえば

 今も昔もなにも変わってないよ」

歴史を受け継ぐ修理の達人

三菊自動車/上野富五郎、久さん


大正元年生まれの父、富五郎さんが興し、現在は息子、久さんが受け継ぐ三菊自動車。戦前、戦中、戦後を通じクルマの整備に携わってきた富五郎さんと、それを受け継ぎメカニックとして現在工場に立つ久さん。六本木ヒルズを見上げるような都会のど真ん中で、馴染み客を中心に、日々整備に明け暮れる親子二代の整備工場である。

年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2003 Vol.40掲載

Ph. Rei Hashimoto