クルマの達人
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クルマの達人 デルオート/須貝幸一さん
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クルマの達人
努力するっていう感覚
好きならば、薄くなる
好き、ってどういうことだろう。身近に感じていると、心地良いなにか。時の経つのも忘れて、一心不乱に取り組めるなにか。あるいは、そういう風に思える自分自身の気の持ちようのことかもしれない。ともかく、何が好き? と誰かに尋ねられて、これが大好き、と言えるようななにかを持っていることは、とても素敵なことだと思う。
「人間のいいところはね、能力やセンスのあるなしに関わらず、一生懸命努力すればある程度のところまでたどり着けるところじゃないかなぁ。そうだね、完璧が100だとすれば、70~80くらいまではいける思う。その上は、やっぱりそれぞれの持って生まれた何かが効いてくるような気がするけどね。それにしたって、70、80のレベルまで到達してる人なんて、そうそういないから、そこまでできれば大したもんだねってことになれる。
じゃあ、どうすればそこまでの努力ができるんだろうってことだけど、実は頑張ってるなんて感じない気持ちが、好きって証拠なんじゃないかな。
努力だなんて思ってないんだよ、たどり着いちゃう人って。
メカニックだって同じことが言えるよね。例えば最後の1ヶ所をどうしても分解して調整したいって思えば、特殊工具を自腹で買ってきたってやってみるとか。そこまで必要ないよって言われても、そんなの関係なくなっちゃう。そうやって、夢中になっているうちに、知らずしらずにたどり着いてるレベルが80点なんだね、きっと」
須貝さん、輸入車用ATの修理、オーバーホールの老舗として知られるデル・オートの工場長。自らツナギを着て油に手を染める社長をして、職人気質といえば彼、と推す人物である。
「負けず嫌いなところがあってね。ATって単品だけで機能している機械じゃないからさ。それだけをいくらきれいに仕上げても、クルマに組み付けるとうまく動かないことも多いんだよ。勢い、ちゃんと直ってないとか、ああしろこうしろって言われちゃうでしょ。まじめに取り組んでる身としては、悲しいものがあるよね。クルマ側のセンサーとか、AT本体以外の部分が原因じゃないですか、ってケンカしちゃうのは簡単だけど、それってクルマを直すってことから逃げてるような気がしてね。アホだから逃げられない。正面から正攻法で解決するには、どうしたらいいんだろうって、そっちのほうへ発想がいっちゃうんだ」
デルオートへのAT整備依頼は、整備工場経由であることが多く、クルマから取り外された状態で工場へ届けられるのが常である。もちろんドイツのATメーカーとして有名なZF社の正規サービスステーションに指定されていることからも分かるように、整備に必要な最新のデータがいち早く更新されていることはもとより、特殊工具や大掛かりな専用テスターもずらりと並ぶような環境の下での作業がほどこされる。ほとんどの場合、組み上げられたATがクルマに搭載されて不具合を起こすことはないのだが、それでも稀に車両側とのマッチングで不具合がでることがある。須貝さんは、それが気に入らない。
「だから、クルマごと預かれるスペースも用意したんです。そうすれば、オーナーがいいねって喜んでくれる最後のところまで、責任を持って対応することができるでしょ」
傍目には、そこまでやらなくても、の方法を自然と選んでやってしまう。須貝さん、クルマを直すことが好きなのである。
電子制御はつまらない?
ますます興味が尽きないよ
もともとクルマに興味があったというわけではない、という須貝さん。上京して、ウェスタン自動車の芝浦工場に入ったのも、学校に通いたかったからという理由なのだそうだ。
「昼間働いて、夜学に通ってました。電機に興味があったんです。だから、クルマを直すことは仕事だと割り切っていたところがあったかも知れませんね。ベンツのサービス部門に配属されたんですが、工具の名前はおろか、車名だってわからなかったですから。けれども、とてもいい先輩に巡り合えたんですね。知れば知るほどクルマをいじるのがおもしろくなってきて、それに早く正確に作業を終わらせれば、余った時間で自分が興味を持ってることを掘り下げられるからっていう、ずる賢い気持ちが重なって、どんどん整備を身に付けることができたんだと思います。興味があったことですか? 最初は電機関係の本ばかり読んでましたけど、そのうちクルマの資料も読むようになってました。ハマったんだね」
約15年ウエスタンに勤め、わけあって2年ほど実家に戻るが、30半ばで再び上京。デルオートでクルマと機械に取り組む日々が始まった。
「興味が尽きないんですよね。よく電子制御だらけになって、いじるところがなくなっちゃった、なんて言う人がいるでしょ。まったく間違ってるとは思わないけど、電子制御の関わったクルマならではの発想とか仕組みがあるわけです。初めてクルマの整備を覚えたときと、変わらないですよね。
どうなってるんだろう、どうやって動いてるんだろうって、どんどん掘り下げたくなっちゃう。好きなんですね、機械としてのクルマが」
私せっかちですから、と笑いながら、なるほどやや速めの歩みで作業場の中をあちこち案内してくれた須貝さん。ただ、ふと作業中の部品を手に取ってじっと目を凝らしてるときだけは、動きがすーっと静かになったのが、とても印象的だった。
copyright / Munehisa Yamaguchi
Car Sensor 2004 Vol.25掲載
「つまり好きこそものの上手なれ
クルマの整備もそういうことだよね」
輸入車ATオーバーホールの達人
デルオート/須貝幸一さん
社会に出て最初の仕事は、ウエスタン自動車のメカニック。ベンツサービス部門に配属されたが、夜学に通って電機のことを勉強するために昼間働く、という感覚で、クルマのことなどなにも分からなかったという。ところがそこでクルマの面白さを知り、現在は輸入車AT整備の老舗デルオートで腕を振るう。“最善か無か”というコピーが好きだという53歳。
※年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2004 Vol.25掲載
Ph. Rei Hashimoto