クルマの達人 ガレージ相沢/相沢 満さん

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クルマの達人

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クルマの達人

 
 

新車に施す鈑金術が

あるのを知ってますか?

 納車前の新車に施すための鈑金・塗装という作業があるのをご存じだろうか。工場のラインで生じた塗装ムラや、輸送中に付いてしまったキズや凹みを納車前に修正するための鈑金・塗装。もちろんメーカーのコントロールの下に行われる作業なので、鈑金・塗装歴としての記録には残らず、行き届いた品質管理の証として、他のクルマ同様完成車として顧客の元へ届けられる。納車された新車が、たまたまそういう作業を受けたクルマだったとしたら、運が悪い? いや、運がいいとか悪いとか言う以前に、ディーラーもユーザーも、恐らくユーザーが使用している過程で生じた擦りキズなどを補修することになった鈑金装工場でも、その作業の痕跡に気づくことは皆無だろう。それほどまでに、究極のワザを駆使した鈑金・塗装なのである。

「凹みを直すための鈑金、そして仕上げの塗装。どちらも一般的に行われている修理と、技術的なレベルがまったく違います。まずハンマーだけで徹底的にボディ面の修正をするんです。一般的な鈑金作業というのは、ハンマーである程度形を整えたら、その後に鈑金パテというのを盛って、そのパテを研ぎ落としていくことで最終的な面を形づくるんですけど、鈑金パテは一切使いません。とにかく、そのまま塗装をしてもいいだとうと思われるところまで、ハンマーで仕上げるんです。だから、鈑金塗装屋さんっていうと、削ったパテの粉で床が真っ白っていうところが多いんですが、ウチではそういうことはないですよ。

 そしてその後に、どうしてもハンマーだけでは100%に仕上げられないところ、例えば角っことか複雑なエッジの部分をハンダを盛って仕上げていきます。もちろんハンダをごっそり盛り上げるというのではなく、薄く皮一枚載せるっていう感覚ですね。それからサーフェイサーで塗装の下地作りをして、さらに面の精度を確認、調整。最後は150度の温度で焼き付け塗装して完成となるわけです」

 150度の焼き付け塗装というのは、工場のラインに匹敵するほどの高温焼き付けである。一般的な補修用の焼き付け塗装というのは、2液硬化性の塗料を速やかに安定させるために弱い熱をかける程度。150度もの高温ヒーターを当てようとすれば、内装の脱着や保護も必要になり、普通は内装を組み付ける前に塗装工程に入れる工場のライン以外では行われない。

「だから、工場のラインと同じなんですって。ラインの中で行われている作業の一部が、最終仕上げでもう一度行われている。そういう風に考えてください」

 相沢さんは、その技術を手に、傷ついたクルマの補修を引き受けてくれる街の職人なのである。


プロも気づかない

それが究極の鈑金塗装


 相沢さんがハンマーとハンダだけで仕上げる鈑金術を身につけることができたのは、運が良かったから言ってもいいかも知れない。

 米軍基地からの軍用車が、往来する道路の近くで育った環境のせいもあって、いつしかクルマに一方ならぬ興味を示すようになっていた相沢さん。とにかくクルマに接する仕事をしたいという思いで、国産メーカーの系列工場に就職した。やがてその工場が、前述した新車への対応作業を始めるという段になって、例の究極の鈑金術を取り入れることになった。もちろん若かりし日の相沢さんも、そのワザを習得すべく研修に参加。そこで約8年間、新車の鈑金という究極の職人芸に磨きを掛けることになったのだ。その後、同メーカー系列の工場へ移り、さらに3年間経験を積み、31歳のときに独立を決心する。

「クルマを通じて、いろんな人と会えればいいな、って。ずっとそういう風に思っていたから、自分の工場を持ちたいっていう考えは、社会に出てそんなに経たないうちからありましたよ。30歳までに独立って決めてたのに、31歳になっちゃいましたけどね。でも、独立した最初の頃は、自分の持ってる技術がどれほどいいものなのかっていうことを、一般のお客さんに説明するのに苦労しました。仕事関係の仲間が口コミで広げてくれたお陰で、ずいぶん助けられたもんです。だから作業に関しては、どこへ持っていかれても恥ずかしくない、という内容は絶対です。言い換えれば“いい鈑金・塗装だね”って言われちゃうようじゃダメなんです。オーナーさんが、リアフェンダー直したんだよ、って自分から言うまで、誰一人として気づかない。そういう仕事じゃなくちゃ」

 入庫してくるクルマの8割以上は国産車だというが、フェラーリなど超高級輸入車の修理やレストアも、持ち込まれる。聞けば老舗の腕自慢工場からの依頼も多いというから、知る人ぞ知るということなのであろう。

 鈑金パテを一切使わない仕上がり自慢、腕自慢ということであれば費用もさぞかし……と思って、帰り間際に聞いて驚いた。

「ディーラーと同じか、少し安いですよ。輸入車は、塗料やパーツが高い分だけ、ちょっと高くなるけど、作業に掛かる費用は同じ。値踏みをされるのは好きじゃないけど、信用してくれるんだったら相談してみてよ」

 作業中は真一文字に結んだ口元も、今はカイゼル髭をとても人なつっこく揺らしながらそう答えてくれて、じゃあまたねと、私の帰りを見送ってくれた。


copyright / Munehisa Yamaguchi

Car Sensor 2003 Vol.16掲載

「鈑金パテを使わず面を作る

 新車の仕上げと同じ方法なんです」

ハンマー&ハンダ仕上げの鈑金の達人

ガレージ相沢/相沢 満さん


自動車メーカー系の整備工場で、納車前の新車に板金作業を行っていた相沢さん。鈑金パテを一切使わず、ハンマーとハンダだけで面を修正し、高温焼き付け塗装で仕上げる。新車として販売して遜色ない完成度に仕上げる技術を手に独立。31歳でガレージ相沢を興し、以来、街でキズついてしまったクルマの修理にあたる55歳。

年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2003 Vol.16掲載

Ph. Rei Hashimoto