クルマの達人 ブリティッシュモータース/澤田拓治さん

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クルマの達人

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クルマの達人

 
 

原因不明のトラブル

そんなん、ありません

 大阪の住宅街の一角に、小さな町工場のような門構えの建物がポツリ。通りから中を覗き込んでみると、町中で走ってるのを見たこともないようなクラシックカーが、整備を受けていた。

「ウチはアストンマーチンとジャガーの古いクルマを診させてもらうことが多いです。父親の代から、そういうクルマを扱っていたという流れもあるんでしょうけど、最新のクルマが突然やって来て、診てくれということはまずありませんね」

 澤田さん、若干34歳のメカニック。古いクルマには古参の職人、という偏った思いがあるオーナーは、分解された戦前のクラシックカーの傍らに立つ若い澤田さんの姿に違和感を覚えるかもしれない。ところが、話を聞き進めるうちに、世界に数えるほどしか残されていない貴重なクラシックカーを、彼の手に委ねるオーナーが絶えない理由が徐々に見えてくる。

「僕ね、もともとメカニックになりたかったわけじゃ、ないんですよ。20歳までは、バイクのレーサーになりたくて、サーキットに通いつめてましたから。ところが、でっかい事故やってしもてね。1年間、入院する羽目になったんです。諦めいい方ではないと思うんですけど、さすがにもう無理かなって思って。それで、父親がクルマ関係の仕事してたこともあって、メカニックでもやるかって。せやから、元からの機械好きではないです」

 ところが、作業場に並ぶクルマに施された細かい仕業、床にビシッと並べられた分解された部品や、

いい具合に使い込まれた工作機械の雰囲気を見るにつけ、とても身に馴染まない仕事としてメカニックを続けているようには、感じられない。

「いやどうかなぁ。汚いし熱いし、しんどいし。ただ思うんですけど、なんか謎とか問題とか、そういうのを探ったり追究するのが、楽しいし好きなんですわ。せやから、もしクルマ以外の仕事やってても、そういう意味では同じようなハマり方してたかもしれませんね。たまたまクルマは謎が多かったんですかね。

 あのね、原因不明のトラブルとかいうの、あるでしょ。そんなこと、ほんまは絶対にあり得へんのです。必ず原因はあるんです。それを自分の知識や経験を総動員して、必要ならさらに機械としての根本的な理屈を勉強して、謎解きをしていくのが好きなんです。

 相手は機械ですからね。ちゃんと回る時はなんでちゃんと回るのか、ちゃんと回らない時はなんでちゃんと回らないのか。そういうことをきちんと正しい理屈でクリアしていけば、ちゃんとスジが通ってくるものなんです。特に古いクルマの場合は、建て付けも精度もひどいですから、この部品をねじで止めたら完璧や、というワケにはいかないんです。そういうクルマを相手にしようと思ったら、機械として正しい施しを、きちんとしてやる以外に方法がないんです」

 お陰で家は本だらけ。なにか趣味があるわけでもなく、スポーツをするというわけでもない。そう言って笑う澤田さん。

「映画を見るのは好きですけどね。おもしろい映画見ると、人生観代わるくらい影響受けますから。見入ってしまうほうです」

 気に留まることは、簡単にやり過ごさない。クルマの修理に関しても、とりあえずの原状回復ではなく、原因を解決することで症状を止めるような作業を追究する。整備マニュアルさえ存在しないような時代のクルマには、彼のようなメカニックが欠かせない。だから、町中で見たこともないようなクラシックカーが澤田さんの下へと集まってくる、ということのようだ。


プロの仕事というのは

こだわりだけではダメ


 ふと思った。戦前戦後で新旧が区別されるような時代のクルマに乗っていない限り、澤田さんに自分のクルマを整備してもらうことは出来ないのだろうか。

「故障してるんです、ということなら、もちろん直させてもらいますよ。故障してるもんは異常なんですから、乗れば分かりますし僕でも直せます。でも、初めて触るようなクルマで、故障してないけど故障しないように予防処置してくれっていうのは、僕には出来ないですね。

 例えば’80年代くらいまでのジャガーならば、ウチにはお客さんが多いですし、僕もそのクルマに関する経験を積むことができてるんです。つまり、この先何年間かを見据えたプランを立てることができるわけです。ところが、そういう経験がないクルマには、同じことは出来ないんです。そのクルマをほんまに大事にしてるんやったら、そのクルマに精通したメカニックにきちんと相談して見てもらうのが、クルマのためにもオーナーのためにもいちばんやと思いますって、そう言い切れます。

 僕らプロやからね。こだわりの店ですとかいうて、膨大な時間とお金かけて、やっと出来ましたっていうのではプロであってプロでないと思うんです。エンジンのオーバーホールとか、難しいように思うでしょ。でもその気になれば、素人でも出来ますからね。本読んでやればね。それを早く安くきっちりとやるんが、プロやと思うんです。そういう意味でも、本当の整備をしようと思ったら、何でもかんでもというわけにはいかんということなんです」

 私は戦前のクラシックカーを持っていない。でも、いつか澤田さんに自分のクルマを整備してもらいたいと思った。機械に素直で嘘がない。そういう姿勢が、とても好きだ。大阪に用事が出来た時、必ず立ち寄りたい思う場所が、またひとつ増えた。


copyright / Munehisa Yamaguchi

Car Sensor 2004 Vol.39掲載

「クルマを正しく直すためには 

 機械への正しい理解が必要です」

クルマという機械の正しい整備を追求する達人

ブリティッシュモータース/澤田拓治さん


20歳まで持ち続けてきたバイクのレーサーになる夢は、サーキットで事故を起こして入院したのを機に断念。父親が経営する英国車を扱うディーラーで、メカニックとして働きはじめる。特に学校で習ったことはないという整備はすべて独学。旺盛な好奇心と探求心が築き上げた道理にかなった仕事を頼って、多くの旧車マニアに囲まれる34歳。

年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2004 Vol.39掲載

Ph. Rei Hashimoto