クルマの達人 西村鈑金/西村静夫さん

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クルマの達人

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クルマの達人

 
 

達人であるかどうかは

お客さんが決めること

 何度か道を尋ねながら、ようやく迷路のような細道の奥にそれらしい建物を見つけた。シャッターの閉まった作業場の中から聞こえてくる板を打つ音の主以外は、一人の人の気配もない。一カ所だけ開いた事務所の引き戸から恐る恐る首をつっこんで、大きな音に負けないくらい大きな声でこんにちはと何度か呼んだら、ハンマーの音が止んだ。静かになった事務所の入り口で少し突っ立っていたら、奥から背の高い痩せたつなぎ姿。

「なに?」

“おもしろい工場があると聞いたんで、来てみました”

「……」

“お仕事の邪魔してすみません”

「………」

“おもしろい鈑金工場があると聞いたもんで、それで…”

「どっから?」

“東京です。道、迷いました”

 急に大きな声で笑い出し、入れば? と言ってタバコに火をつけたこの人が、ここの主。この世の飲み物とは思えないけど、と差し出されたアメリカ直輸入のマウンテンデューの毒々しい真っ赤に笑いながら、とりとめもない会話が始まった。

「誰が達人で、どんな仕事がさすがだなんて、わかんないって。たまたま1つか2つ、作ったもの見たって見抜けない。そういうのは、その人の経歴が自然と語るもんじゃないの? そもそもお客だから言って許されることであって、本人や他人があの人の仕事はうまいのヘタのって口にすることじゃないよ。どうやって見つけてきたのか知らないけど、あなたも達人の一人ですなんて、そんなもんに加えられるのはすごくイヤだね」

 パテを使わないで、ハンマーとはんだだけで仕上げる鈑金職人だと聞いてきたことを告げた。

「パテだって必要な箇所には使うよ。パテは痩せるから、パテを使わない方が偉いなんていうのも、まったくのデタラメだからさ。正しい使い方をしないから、悲惨なことになるんだって。逆にはんだは今はほとんど使わない。作業の工程で塩酸を使うんで、どうしてもサビやすくなるからね。

 オレのやり方はね、基本的に熱を入れないでハンマーで形を作っていくの。フェンダーアーチから、ボンネットやドアパネルみたいな大きなものまで、作り直さなきゃいけないものは鉄板1枚、アルミ板1枚から作る。

 でも、そういうことが出来て凄いですねなんて言うのは違うからね。これで食ってるんだもん、できて当たり前だって。キレイに完成して嬉しいとか楽しいとか、そういう感覚も悪いけどない。そういうのは子供の頃の話。いつまでたっても勉強だなって思うことはしょっちゅうあるけど、仕事なんて何年も同じことやってれば、誰だってある程度のレベルにはなるんだよ。さあやるぞって決めたら、黙々と取り組んで、何時間か何日かたったら出来上がる。人が1時間かかってできるとか1日経ってもできないとかいうものを、5分や10分で仕上げてやろうとかは思うけどね。ただ、それ以上の仕事を収めようと思ったら、センスとか才能とかも関係してくるだろうね。生まれながらに性能のいいヤツっているでしょ」

 西村さんは、そういう素性に恵まれてると思いますかと聞いたら小さな声でたしなめられた。

「だから、そういうことはオレやあなたが言うことじゃない」


軽自動車とフェラーリ

作業内容は100%同じ


 後から知ったのだが、西村さんのところには、名うてのメカニックを介して実に珍しいクルマが運び込まれてくる。帰り道に大通りですれ違ったロンドンタクシーも、私と入れ違いに細い砂利道へ吸い込まれていったそうだし、戦前の名車も数多い。

「ほかで面倒みられなくなると、ウチに連絡があるみたい。ただウチは、フェラーリ専門とか名車専門でやってるんじゃないよ。軽自動車だって何だって、クルマで分け隔てするなんてあり得ない。どんなクルマだって、作業の内容は一緒だしね。だから資産価値ゼロみたいなクルマでも、お客さんにとって大切なものなら直すよ。そのものの価値を決めるのは、持ち主だからさ。

 ただし、誰のクルマでも引き受けますっていうわけではない。高飛車な商売やってるつもりはないんだけど、フィーリングっていうかさ、そういうのってあるでしょ。初めましてってやって来て、高いの安いの遅いの早いの言われてまでやりたくはないんだ。

 仕事っていうのはさ、いったん分かりました引き受けますって返事しちゃったら、そのクルマにかかっているときのオレの仕事は、お客さんのものなんだよね。あぁしたい、こうしたいって言われたことに対して、はいっ、はいっ、ってやらなきゃいけないわけ。だからいい仕事ができそうにない予感がする人の仕事を引き受けちゃうのは、逆にその人に迷惑でしょ。それならば、最初からお断りした方がいい。引き受けなければ、オレの仕事はオレのものだから。役には立てないかもしれないけど、迷惑もかからない」

 話を伺って1週間ほどたったある日、携帯電話が鳴った。

「こないださ、山口君が帰って1分後にロンドンタクシー来たんだよ。現役で働いてるクルマ、珍しいよね。えっ、すれ違ったの? そうそう、そのクルマ。それからクラウンあったでしょ……」

 クルマと人とどっちが好き? と訊ねたら、そんなの愚問じゃん、即答できるよと笑われた。真面目でいい仕事が素敵な人間関係を生み出してくれる。だから板を叩けば誰にも負けない腕を身につけた。そんな西村さんだと感じた。だからこそ、あんたこそ職人気質だと言われたことが、恥ずかしいほど嬉しかった。


copyright / Munehisa Yamaguchi

Car Sensor 2006 Vol.33掲載

「直してあげたいと思える人の大切な一台なら

 どんなクルマでもキレイに直してあげる」

鈑金の腕前で人とのかかわりを築き続ける達人

西村鈑金/西村静夫さん


子供の頃から父親の経営する自動車ディーラーの工場が遊び場だった西村さん。工場で働く職人にかわいがられながら、クルマの鈑金を覚えた。27歳のときに西村鈑金を興し独立。旧車、名車のレストア技術の高さでつとに有名だが、車種へのこだわりはない。今はひとりで黙々とクルマに向かう58歳。

年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2006 Vol.33掲載

Ph. Rei Hashimoto