クルマの達人 BLAST OFF/河本 譲さん

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クルマの達人

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クルマの達人

 
 

クルマの種類じゃなくて

機械として惹かれます

 すごくシャイな男である。何度か同じ質問を、しばらく時間を置きながら繰り返して初めて、こう思うんですよねと返してくれる。32歳の河本さん、まだ自分の仕事に自信が持てないということなのだろうか。

「やりたいことがやれてるかといえば、まだまだでしょうね。僕ね、クルマはこれじゃなきゃダメだとか、そういうのはないんです。例えばエンジンにしてもサスペンションにしても、作業を始めると、クルマがなにかじゃなくてその部分がどうあるべきかっていう方に集中しちゃうんですよね。

 新しめで速いクルマよりも、ちょっと古めでスポーツカーじゃないようなクルマに、自分なりの手を入れて仕上げるのが好きなんです。国産の古いクルマを大事に乗っている人がいるじゃないですか。調子が悪くなって整備をするときに、もっとこういう風に走ればいいのになぁって思うことあるんです。

 そういう人のクルマに自分なりの手を加えてあげて、見違えるように走るようになったねとか、そういうのが好きなんです」

 ただ不具合を直すというだけでも、相応の技術は必要だ。自分なりの手を加えるというのは、言い換えればチューニングの領域に入るわけで、やはり相当の自信がないと他人様のクルマ相手にそんな施しはできない。

「自信っていうかね、上を見ればキリがないわけですよ。僕はエンジンが好きで、エンジンチューンの基本といえばポート研磨でしょみたいな感じは昔から持ってるんです。何基もエンジンをダメにしながら、いろいろ試してきて、最近では昔やったエンジンをバラしてみると、よくこんな不格好なことしたなぁとか思いますよ。少しは何かを学んできたということは、言えるかもしれませんね。でも例えばホンダのVTECエンジンのポートとか、なにも手を付けてない状態ですごい独特な格好をしてるんです。そういうのを見ると、これはちょっと真似できないなぁって、やっぱりF1やってるメーカーがキチンと作ってくると、こんなことになるんだって思うわけです。メーカーまでいかなくても、レース用のエンジンを組んでるチューナーのエンジンとか、やっぱり凄いですしね。そういうの見てると、私が一番ですなんて言えないじゃないですか。上には上があるんですよ」

 そんなことを照れくさそうに話してくれた河本さん。今、ワーゲン・ビートルのエンジンチューンで注目されている。でも本人の口から、僕のビートルのエンジンはね、という言葉は、とうとう一言も聞くことがなかった。そういう人なのだ。


ビートルは自由が効く

そこが大きな魅力です


 河野さんは父親が整備工場を経営していた関係で、高校の頃には、メカニックとして車検整備くらいはこなせるくらいの 腕を身につけていた。

「ところが走るほうに夢中になっちゃいましてね。FJ1600っていう小さなフォーミュラカーでサーキットを走ってたんです。高校を出てレースファクトリーで働いた後、実家の整備工場を手伝いながらサーキットに通ってましたけど、レースってやっぱりお金がかかるでしょ。しばらく昼夜2交代制の仕事に就いて、資金稼ぎをしながら走ってました。

 昔はFDっていうタイプのRX-7が大好きで、それで走りに行ってた時期もあるんですが、やっぱりサーキットじゃないとダメですね。走ってる時は夢中になってるんですけど、帰って来てから、かなりトバしすぎちゃったなぁ、街中で高性能なクルマの性能は出しきれないよなぁって。ビビリじゃないとは思うんですけど、もう一般道で速いクルマに乗るのはやめようって思いました。本気で走れないし、リスクが高すぎるでしょ」

 RX-7やレースに夢中になっていた頃は、ビートルなんかまったく眼中になかったそうだ。

「走行会とかで、国産のチューニングカーよりも速いビートルがいて、なんであんなに速いんだって思って見てはいましたけど、それだけでしたね。でも、ひょんなことからビートルの楽しさに自分で接することができてね。空冷のエンジンは水回りのことを心配しなくていいんで加工するにも自由度が高いし、RRの走り味もすごく奥が深いことに気づいたんです。このクルマなら、自分のやりたいことができるんじゃないかと思って、今はけっこう夢中です。でも、ウチはビートルの専門店じゃないですから、それだけをやってるわけじゃないんですけどね」

 そうは言っても、気がつけばビートルのエンジンをいじっている自分がいるのだそうだ。

「今日はポート日和だとかいいながら、空冷のヘッドを持ち出してポート研磨してる、みたいなね。なかなかカッコよくなってきたなぁとか言いながら夢中になってると、あっという間に時間がたっちゃいます。その白いビートル、乗ってみますか? けっこういい感じに仕上がりましたから」

 乗ってみますか。メカニックとして、これ以上の自信に満ちたセリフはないと思う。そんなことを言葉少なに笑いながら話す河本さん。誰にも言わない確信を確かに持っている、これからが楽しみな若いメカニックなのである。


copyright / Munehisa Yamaguchi

Car Sensor 2006 Vol.13掲載

「スポーツカーじゃない古いクルマを

 走り味で甦らせてあげたいですね」

自分なりの手を加え旧車を復活させる達人

BLAST OFF/河本 譲さん


父親が経営する自動車整備工場で、中学時代から手伝いをしていた河本さん。高校を卒業すると父親の仕事を手伝いながらFJ1600というフォーミュラカーのレースに夢中になり、サーキットに通うようになる。自分のレーシングカーを整備する中でエンジンチューンなどクルマの整備を独学。レーシングカーを降りた現在も、自らチューニングしたビートルでサーキットを走る。昨年、父親の工場から独立し、BLAST OFFを立ち上げた32歳。

年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2006 Vol.13掲載

Ph. Rei Hashimoto