クルマの達人 川崎ラジエーター/飯田春雄さん

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クルマの達人

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クルマの達人

 
 

クルマのラジエターは

10万kmで大掃除したい

 初めてここを訪ねたとき、飯田さんは畳ほども大きさがあるラジエターと格闘中だった。それは、どんな大きなトラックのラジエターなんですか、と尋ねると、笑いながら教えてくれた。

「これはね、クルマのじゃないよ。ビルの屋上とか、ダムの建設現場に設置する発電機用のラジエター。大きいでしょ。風呂桶一杯分くらいの水が入るからね。コアとタンクの接合だって、クルマみたいにカシメとかハンダじゃなくて、エンジンヘッドのガスケットと同じ要領で、ボルトで締め付けるんだよね」

 ラジエターの構造に明るくない人のために補足すると、コアとはラジエターのほぼ全面を占める熱交換部分。ここを風が通過することによって、内部を流れる冷却水が冷やされる。タンクとはコアの両端に取り付けられる水だまりのことで、ひとつはエンジンから排出される高温の冷却水をコアへ送り、もう一つはコアで冷やされた冷却水を集めてエンジンへと送り返す。

「最近のクルマのラジエターは、樹脂のタンクとアルミや銅のコアをかしめて作ってあるのね。かしめが甘くなったり、タンクが割れたりして、水漏れすることが多い。長い年数使ってると、コアの外側にホコリがたくさん詰まってくるでしょ。そうすると、風の流れが悪くなって冷却効率が悪くなってくるわけ。冷却水も常に高温になっちゃうから、樹脂のタンクの粘りがなくなって割れてしまったり、コアとタンクの間に挟んであるゴム製のパッキンがへたってしまうわけ。だから、10万km超えたら一度ラジエターを外して掃除するといいよ。

 コアの風の通り道には、薄いアルミか銅のフィンが取り付けてあるんだけど、そのフィンに細かい通気用の刻みがあって、そこにびっしりゴミが詰まってるから、風が通るのと逆向きに、つまりエンジン側からエアガンで風を吹き付けると、ものすごい量のゴミが出てきてびっくりすると思う。フィンはものすごく曲がりやすいから、風とか水は斜めに吹き付けないようにね。

 それでも寿命がきて、水漏れしてきちゃったら直してあげる」

 飯田さんは、ラジエターを直してくれる職人なのである。


同じ仕事が全くない

この仕事はそこが楽しい


 2度目に訪ねたときは、作業場のイスに座って、クルマ用のラジエターを作っていた。

「これは、古いランチアのやつ。少し容量を上げたいっていうんで、一から作ってるの」

 左手にガスバーナーを持ち、タンクとコアの接合部にハンダを流し込む作業中。ハンダ棒が短くなってくると、飯田さんの指先は真っ青に輝くバーナーの炎に触れそうなほど近づく。それでも作業は、淡々と続く。

「あ、熱くないのかって? もう慣れた。ほらこんなにカサカサの指先になっちゃったけどね」

 飯田さんは、機械の試作を請け負う会社で2年間機械加工を行い、さらに半年、製作用コンピュータのソフトウェアの開発の仕事に就いていた。

「どうも机にじっと向かってるのがダメだったみたい。半年で体を壊して、辞めちゃった。ちょうどその時、アマチュア無線でよく話していた仲間にこの工場の社長がいたのね。やってみないか、って言われて始めたのが30年前だよ。それまでの仕事と畑違いもいいところだけど、だんだんおもしろくなってきて。

 最初はもちろん、なにもかも手探りなんだけど、そのうちラジエターを見るだけで、クルマやエンジンの種類が分かってくるようになってきてね。そのクルマに普通に乗る人なのか、エンジンに悪さして遊んでる人なのかで、ただ直すだけでいいのか、どのくらい冷却性能上げてあげればいいのかが分かってくるでしょ。任せときなって。

 同じ仕事がないのが、すごく楽しいわけ。漏れてるのをただ直すだけでも、不具合の場所や原因は全部違うし、もちろん修理の仕方も変わってくる。よかったね、この仕事に替わって……。はい、今日はここまで」

 話しながら進んでいた古いランチアのラジエター作り、ハンダ付けが終わったところまでで今日はおしまいらしい。

「こういう作業は楽しいんだけど、こればっかりやってると食いっぱぐれちゃうからね。割れたタンクの交換や、この前見せたみたいな発電機用のものの製作とかの仕事もきちんと頑張らないと」

 飯田さんのところに持ち込まれるクルマ用のラジエターの修理や製作の相談は、整備工場からのものがほとんど。

「一般のお客さんからの仕事もやるんだけど、そのときはラジエターを外して持ってきてもらわなきゃいけないからね。クルマごと預かるわけには、いかないんで。だから、やっぱり修理屋さん経由の仕事が多くなっちゃうね。もし、自分でクルマをいじれるんだったら、相談してよ。ただ、水漏れしている場所が本当にラジエターなのかどうかは、よく確認するように。 ウォーターポンプとかホースの接続部から漏れてるのを、ラジエターからの水漏れと勘違いすることって意外と多いから。そのへんに自信がないんだったら、やっぱり修理屋さんに相談したほうがいいと思うよね」

 整備工場経由で飯田さんにお願いすればいいんですね、と向けると、どの修理屋さんも付き合いのあるラジエター屋があるはずだから、わざわざウチを指名しなくてもいいんじゃないの、と笑っていた。いやいやそう言わずにと返すと、必要なら声を掛けてよと、また笑って、基本的に直せないものはないからと答えてくれた。困ったら相談したい、飯田さんなのである。


copyright / Munehisa Yamaguchi

Car Sensor 2006 Vol.7掲載

「直した方が安い、一品製作が必要

 そういうラジエターの相談ならどうぞ」

ラジエター修理の達人

川崎ラジエーター/飯田春雄さん


工業高校卒業後、機械の試作会社に就職。2年間、製作を行った後、コンピュータソフトの開発に就くが、昼夜の別なく机に向かう仕事に
耐えきれず退社。アマチュア無線仲間だった川崎ラジエーターの社長に誘われ、ラジエターの修理を始める。現場で体を動かすこと、変化に富んだ仕事の内容に夢中になり早30年目の50歳。

年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2006 Vol.7掲載

Ph. Rei Hashimoto