クルマの達人 MGT/高山康臣さん
クルマの達人 MGT/高山康臣さん
Back to Top
クルマの達人
クルマの達人
アライメントは
オーナーごとに違います
アライメント調整のノウハウに長けているメカニックがいるという噂を聞きつけて訪ねた整備工場。クルマ1台分の整備スペースしかない建物は木造で、昭和の工場といった風情。ニコニコ笑いながら迎えてくれた高山さんにその建物のことを尋ねると、クルマの電装品を中心とした修理を仕事にしていた父親と一緒に働いていた場所なんだと教えてくれた。引き戸を開けて作業場に入る。アライメント調整が得意と聞いていたが、お約束のアライメントテスターが見あたらない。
「あれがあると、作業をする方としては楽なんですけどね。クルマが接地した状態で、モニターに表示されてる数値を見ながら調整できますから。でもあれがないとアライメント調整できないわけじゃないんですよ。ただし、測定してはクルマをジャッキアップして調整。済んだらまた地面に降ろして調整を何度も繰り返さなきゃいけないですから、時間はかかりますけどね」
確かにアライメント調整の仕上がり具合は、アライメントテスターが備わっているかということより、実際にサスペンションを調整するメカニックのセンスに因るところが大きい。真っ直ぐ走るだけならともかく、思い通りの軌跡を描いてカーブを曲がっていく感触をクルマに与えるアライメント調整には、相応のノウハウが必要なのだ。
「自動車メーカーの指定値に合わせるだけなら誰がやっても同じですから、アライメントテスターがある工場に行った方が、早く帰って来られると思います。アライメントが難しいのは、クルマに1つの正解があるわけじゃなくて、同じクルマでもオーナーさんが違えば正解が違うというところなんです。メーカー指定値というのは、走りの挙動が安全方向に安定している、タイヤが偏摩耗しにくいということを最優先させた数値なんです。決してオーナーごとの走りの好みを反映したものじゃないわけです。
もう少し素早い回頭性が欲しいとか、カーブの出口でアクセルを踏み込んだ時の後輪の踏ん張り感を調整したいとかいうときは、指定値にこだわる必要はありません。もちろん、極端な変更を加えてしまうと、タイヤやサスペンションのために良くありませんし、走りが不安定になって危険ですから、あくまで指定値を基準にして、好みの方向へどのくらい動かすのかということになるんですけどね。そのさじ加減はアライメントテスターが教えてくれるものではないんで、やっぱりオーナーさんの好みをよく理解して、実走行で試しながら近づけていくしかないんですよ」
実際に試せたから
言えることもあります
スーパーカー世代の高山さんは、高校を卒業するとすぐにオートバイのメカニックとして働き始めた。
「当時の男の子は、やっぱりクルマやバイクに係わる仕事が憧れですからね。本当はバイクのレーサーになりたくて、実際にサーキットで走ったりレースに出たりしてました。でも、レーサーになるまでの才能はないかなって感じて、そっちの道はあきらめたんです。メカニックは高校の時にバイトをしていた延長で始めたのが最初です。2年くらいバイクのメカニックをやって、その後親父の工場で手伝いをするようになりました。
サスペンションについて猛烈に勉強できたのは、8年くらい前からなんです。ダンパーを作っているメーカーの開発作業を手伝う仕事をさせてもらうことになったんです。実際に製品になったものを取り付けて、テストコースや一般道をずいぶん走ることもできました。それ以外にも、アフターパーツの取り付けを年間300台くらいやっていた時期があって、アフターパーツとして販売されているありとあらゆるサスペンションキットを実際に乗り比べることができたわけです」
紙の上の理屈ではなく、実際のフィーリングが重要なサスペンションのセッティングにおいて、この経験は大きな武器だ。
「実は、わざわざ純正と交換してまで、どうしてこんなものに替えちゃうんだろうって品物も少なくないんですよ。僕の経験で言うと、高いからいいとか、有名だからいいとは、必ずしも言い切れないですね。好みがあるのは承知ですけど、それにしても……っていうものは存在します。だから、どうしてもって言われれば断りはしないですけど、そういう走り味がお望みなら、こっちの方が断然いいと思いますよってアドバイスすることはありますね。知り合いからは、せっかく利幅の大きい品物を指名買いしたいって言ってくれてるのにもったいない、とか言われちゃいますけどね。仕方ないですよ、性格ですから」
何度もジャッキアップしたり降ろしたりを繰り返しながら車高やアライメントを調整する高山産の作業は、アライメントテスターを使う工場のように作業時間1時間というわけにはいかない。それでも高山さんにアライメントを調整してもらいたい、サスペンションの相談に乗ってもらいたいという人が列を作るのは、膨大な経験と作業の手を抜かない真面目な性格を頼ってのことなのだ。
すきま風が入る木造の工場で、のんびりクルマの話で盛り上がりながら、高山さんなら私の考えるクルマの走り味をどのように実現してくれるのかとても興味がでてきた。近々、この作業場で自分のクルマがジャッキアップされてるような気がして仕方ない。そんな高山さんの仕事ぶりなのである。
copyright / Munehisa Yamaguchi
Car Sensor 2006 Vol.17掲載
「走り方によって千差万別なのが
アライメント調整の難しさです」
念入りに煮詰めてくれるアライメント調整の達人
MGT/高山康臣さん
高校を卒業後、バイク屋でメカニックとして働き始める。2年後、父親の経営する整備工場を手伝うようになり、クルマのメカニックとしてスタートを切る。ラリーチームに声をかけられて海外ラリーに出場するマシンの製作をしたり、ダンパーメーカー製作の手伝いをしたり、ダンパーメーカーの開発メカニックを通じて積んだサスペンションのセッティングノウハウを整備に生かす41歳。
※年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2006 Vol.17掲載
Ph. Rei Hashimoto