クルマの達人

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クルマの達人 マックモータース/三川康雄さん 

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クルマの達人

 
 

こよなく愛しているなら

私が直してあげます

「趣味ですから。趣味で自分のクルマをコツコツとレストアしていこうと思っていたんですが、具合が悪くて困っているんだなんて言ってクルマをもってこられたら、それじゃあ直してあげましょう、私に任せなさいよって。そういうことなんです」

 まったく個人的な経験則でしかないのだが、趣味で……と言いながらお客さんのクルマの面倒をみているメカニックには、無意識に警戒心がわく。大概の場合、無類のクルマ好きが少々人に自慢できる程度の機械いじりの技を身につけて、趣味と実益を兼ねて…他人の世話まで焼き始めるような案配。人様の大切なクルマを正しく整備し、安全を乗せて公道を走れるようにすることは、趣味の延長線上では務まらない。もちろん、そのようなアットホームな雰囲気の中で愛車の面倒をみてもらうのが好きだというなら、わざわざ誰かが首を突っ込んでヤイヤイ言うことではないと思うが、それでも私は経験則で警戒する。

「15のときに親戚の整備工場に入ったんです。そこへは10歳の頃からちょくちょく遊びに行ってまして、よく言えばクルマが好きだったんですね。時代が時代でしたから、実際はいい歳になったら口減らしみたいな意味も含めて働きに出るのが普通だったっていう背景もあるんですけどね。そりゃ小僧の頃は、職人にずいぶんやられました。クルマなんて3年は触らせてもらえませんでしたし、ぼんやりしてればハンマーが飛んでくるような時代でしたから。でも、こうやってこの歳になっても大好きなクルマをいじっていられるのは、あの頃鍛えられたお陰だなって素直に思います。だから、つらくなんかなかったです」

 50年ほども昔に、今日の満ち足りたメカニック人生を想像できたはずもなかろうから、当時はつらかったに違いない。それでもまるで昨日と今日がひっくり返ったような感覚で“辛くなんかなかった”と、さらりと言う三川さん。本当に楽しそう。

「その工場を60歳の定年で辞めて、もう年金暮らしだし自分のためにクルマいじりをしようって決めたんです。ところがどういうわけだか、クルマを診てくださいって言う人が訪ねて来るようになっちゃって。でも、いいんですよ。これも人の縁ですからね。直してあげますよ。

 ほら、そこに止まってるバイクあるでしょ。なんて言うか、名車だなんて自慢できるようなものじゃないんだけど、でも本人はあれが好きなんですよ。こよなくあれを愛してるから、直して欲しいって言うんでしょ。そしたら、そんなに愛しているなら直してやろうって。そういう精神ですよ。そこが、いいところなんですよ」

 褒めたのは自身の心持ちか、変哲もないバイクを大切にするオーナーの愛情か、それともそういったことすべてをひっくるめた空気なのか。ともかく50年のキャリアを持つ手仕事は、今も現役でクルマやバイクを直している。親子二代に渡ってクルマの面倒を診てもらいに来る人がいる。それが目の前に広がる風景そのものなのである。

「趣味なんですけどね」

 私の経験則など、まるで当てにならなかった


私の仕事の様子を見て

クルマ好きになってほしい


 三川さんが45年間勤めた整備工場は、国産車を中心に乗用車だけでなく大型トラックの整備も行う工場だった。

「当時の国産車は、ひどいもんでね。作りが悪いから、直してもすぐに壊れちゃうような代物でした。子供を乗せてもすぐに乗り物酔いするし。子供がクルマに弱いのかどうか、ともかくクルマっていうのはそんなもんだと思ってたんです。

 ところがある時ワーゲンを買って、それに子供を乗せたらちっとも酔わないんです。今から40年も前のことだけど、これが外車っていうものなんだって感激しましたよね。それから、興味の焦点はずっと外車です」

 今では国産車のほうが良くできていると笑う三川さんだが、とにかく輸入車、特にポルシェの整備に傾倒していった。

「近所じゃ、まだ誰もポルシェをいじれないって頃に、もうエンジンのオーバーホールなんかを始めてました。何もかも独学です。整備書なんてどこを探したってないような時代ですから、分解するったってそりゃ怖かったですよ。とにかく慎重に慎重に、です。

 それでもポルシェのエンジンは、本当に色んなことを教えてくれました。ポルシェに乗る人っていうのは、とにかくトバすんです。ハイできましたってクルマを渡したら、すぐに全開でぶっ飛ばされるって覚悟で整備しなきゃならないんです。ですから交換した部品の様子見で1000kmくらい調子を確認したら、あとはあなたの自由にどうぞって自信を持って渡せるような整備が求められるんです。まだ若かった自分にとっては、度胸試しみたいな気分でした。でも、本当にいい勉強ができました」

 私が整備する様子をどうぞ見てくださいという三川さん。

「そうやって自分のクルマが直っていく様子を見て、ちょっとした整備は自分でやってみようと思えるようになれば、クルマが大好きになって大切にしようって思えるでしょ」

 職人気質の人は、仕事を見られるのが好きじゃないのでは? と差し向けると、“いやいや私はそういう精神なんですよ”と笑いながら、ボンネットの下へ首を突っ込んだ。さて、長めのお茶の時間もおしまい。今日も日が暮れるまでクルマの修理だ。


copyright / Munehisa Yamaguchi

Car Sensor 2006 Vol.37掲載

「こよなく愛しているなら直しましょう

 私はそういう精神の持ち主なんです」

50年の経験と趣味の心持ちでクルマを直す達人

マックモータース/三川康雄さん

子供の頃からの遊び場だった親戚の整備工場で、15歳のときにメカニックとして働き始めた三川さん。一般整備やエンジンやミッションのオーバーホールはもちろん、鈑金の技術まで叩き込まれた修業時代を経験。その工場では60歳の定年を迎えるまで45年間働き続け、現在“趣味”と称して自らの愛車と、修理を求めて訪ねてくるオーナーの愛車を整備し続ける65歳。

年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2006 Vol.37掲載

Ph. Rei Hashimoto