クルマの達人 LIBERTY ENGINEERING/上杉英寛さん

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長く乗って欲しい

そういう思いで直す

 自分の仕事に素直なメカニックは、こういう道を選ぶことになるんだよなぁ。初めて会った私にこんな感想を抱かれて、言われた本人にしたら大きなお世話だろうけど、実はこういう雰囲気が大好きだと感じつつの言葉だということで、上杉さんにはどうか大目に見てもらいたい。

 自分の大好きなクルマを納得いくまで手間暇かけて整備する。

 自分と愛車の間に流れる適度な暇(いとま)を楽しむ余裕のある人が、のどかな群馬の小さなこの場所を目がけてやって来る。いつもと同じタバコの燃え尽きる時間が、ちょっとゆっくりに感じられる、忙しなさのないこの雰囲気がとても心地よく好きだ。

「ま、この辺はまだまだ田舎ですからね。英国車の独特な匂いと似てるでしょ。ミニでもジャガーでも、特に古いモデルの車内に顔を突っ込むと、何とも言えない匂いがするの知ってますか。なんか懐かしい気分になれるあの匂いが好きなんですよ。

 僕の最初の仕事は、メカニックではないんです。そういう仕事がしたいという漠然とした思いは、学生の頃からあったんですけど、学校を卒業するときに鉄工所のいい求人がありましてね。3年間、そこで働きました。当時は考えもしなかったんですが、その工場で機械加工を徹底的に覚えることになったのが、今ものすごく役に立っているんです。英国車は比較的、古いクルマの部品も手に入りやすい環境に恵まれているんですが、それでも欠品になっているものがあるんです。それに何十年も前のクルマですから、もう少し強度が欲しいよなっていう部分もね。ちょっと手間と時間は掛かりますけど、必要ならば迷わず作っちゃいますよ。そういう仕事がしたくって、独立したわけですからね」

 上杉さんは、独立する前にとあるジャガーコレクターの専属メカニックとして、彼のコレクションの整備を一任されていた時期が6年間ある。

「クルマの整備にすごく理解のある方で、とてもよくしてもらったんですけど、やっぱり何もかも好きにしていいというわけではないですからね。いつかは、自分の考えを可能な限り盛り込む整備に専念できるメカニックになりたいって思って独立したんです。もちろん今でも、お客さんの希望や予算は最優先ですけど、ここ一発のときは自分の判断で納得のいく手のかけ方ができるじゃないですか。そういう仕事をする工場の主になりたかったというわけです」

 調子の悪いクルマが元気に走るようになって当たり前。整備工場とは、どこもそういう所なのだと思うのだが、上杉さんの言う納得の出来る整備とは、それと何が違うというのだろうか。

「長く乗ってもらいたいんです。僕が直したクルマは、きっと僕よりも長生きすることになると思うんですよ。ずっとずっと未来の誰かがボクの手がけたミニに乗って、

なんかシャキッとしない調子の悪いクルマだなって思うんじゃなくて、このクルマのこの調子は一体誰の整備で保たれてきたんだろうって、僕がいなくなった時代でも感激してもらいたいなって、そう思うんです。

 メカニックって毎日機械にかじりついてる人種だけど、それでもやっぱり生身の人間ですからね。お客さんに、直って嬉しい、調子よくなって楽しいって言われることが、やっぱりいちばんうれしいんです。もし、ずっと未来の誰かも同じように感じてくれたとしたら、そんなに嬉しいことってないじゃないですか。だから、とりあえず直ってればいいっていう整備じゃダメなんです」


古いクルマだからこそ

バシッと走らせたい


 ミニやジャガーなどの英国車には、強く惹かれる魅力と、かかわらないほうがいいような危険な雰囲気が漂う。つまり、壊れそうで維持が大変な印象がつきまとうのだ。

「確かにドイツのクルマみたいに、カッチリはできていないですよね。整備性だって、ホントかよって思うくらい悪い部分が多いです。でもね、極端に古いモデルでもない限り、古いからまともに走れないっていうのはウソだと思うんですよ。僕なんかは逆に、古いクルマだからこそバリッとした走りを安心して楽しめるように整備すればいいんじゃないのって思いますけどね。

 それは別に理不尽なほど頻繁に大金が吹っ飛ぶような整備が必要だということではなくて、大きなトラブルを抱えていないクルマを手に入れて、最初に不安な部分をバシッと整備してから乗り始めればいいということです。もちろん戦前のジャガーとか、ミニでいうと'70年代までのモデルは、一筋縄でいかないことも多々あります。でも、例えばインジェクションエンジンが搭載されてからのミニなんかは、あまりクルマに詳しくない女の子や、毎日の足としてもクルマを使うんだという人にでも、 何の心配もなく勧められるんですよ。しかも、そのクルマでないと味わえない楽しさが必ず備わっています。そういうクルマに出会ってしまって、もう大好きで大好きでしょうがないって顔に書いてある人、いっぱいいるんですよね。僕はね、そういう人のために、一生懸命クルマを直してあげたいって思うわけです。それが楽しいんです」

 皆、本当の自分の気持ちに嘘はつけない。やっぱり上杉さんのような人は、こういう道を選ぶんだよなぁとちょっとニヤニヤしながら、東京への帰路についた。

copyright / Munehisa Yamaguchi

Car Sensor 2005 Vol.47掲載

「手を加えればその分確実に速くなる

 ミニの楽しさの大きなポイントですね」

英国車に納得の整備を実践する達人

LIBERTY ENGINEERING/上杉英寛さん


高校卒業後3年間勤めた鉄工所で、機械加工の技術を習得。学生時からの夢だったメカニックになるために、町の整備工場で働き始める。
国産車を中心としたその整備工場を3年で辞め、とあるジャガーコレクターの専属メカニックとしての経験を6年間積み、'97年に独立。LIBERTY ENGINEERINGで英国車中心の整備に取り組む41歳。

年齢等は、"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2005 Vol.47掲載

Ph. Rei Hashimoto