クルマの達人 鞍貫達児さん

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これが市販車なのか

それが初めての印象

 もし仮にあなたが大の日本車党で、中でもすぐれたメカニズムが自慢のスポーツカーに目がないというのであれば、だから私は日本車党……と小言が聞こえるのを承知の上で、ポルシェを経験してみることを勧めたい。ポルシェの味わいはメカニズム至上傾向のある日本車好きの口に、とても合う。しかも、速いだけではない。スポーツカーとはこういうものなのだよという作り手の設計思想が、肝心要のところには贅を尽くし奢られた部品の組み合わせによって見事に具現化されている。食わず嫌いで日本製の高性能車に固執しているとしたら、これは実にもったいない。

「初めてポルシェの整備をしたときに、こんな市販車があるのかって驚いたもんですよ。もう20年以上前のことですが、そのときすでに最新のモデルとは言えない走り込んだポルシェなのに、マグネシウムのような超軽量合金が当然のように使われてましたし、ブレーキもとても公道を走るクルマのものとは思えないような仕様になってました。僕は特にポルシェが好きというわけではなかったんですが、なんてクルマなんだっていう感想は、ごく自然に持ちましたね」

 鞍貫さんは、国産車ディーラーのメカニックとして一般車の整備をおぼえ、トヨタ系プライベートレーシングファクトリーの草分けであるトムスで、レーシングカーの製作に携わってきたメカニックである。

「僕がトムスにいた'80年代初めは、純然たるレース用の部品でさえ、マグネシウムが使われるようなことは稀でしたからね。ツーリングカーといって、市販車を改造したレーシングカーを作るときなんか、本格的な仕様で仕上げようなんて考えたら、元の市販車に付いていた部品なんてほとんど何も使えませんでした。空(から)のボディだけ残して、後は全部一品もののスペシャルパーツを製作しなきゃならなかったんです。

 ところがポルシェは、公道を走れるナンバー付きのままでサーキットへ持ち込んでも、そこそこ走りきってしまうわけです。それは911だけの話ではなくて、他のモデルでもそうです。例えばウチのお客さんの中に、ナンバー付きの944で12時間耐久レースへ出場している方がいるんですが、もう3回連続ノントラブルで走りきってます。しかもその3回の出場の間に、エンジンやミッションのオーバーホールを1回もせずにです。サーキットを走ったことがある方ならお分かりでしょうが、これってすごいことなんですよ」

 8年間在籍したトムスから独立してメッツスピードを興した鞍貫さん。当初はフェラーリやロータスなどを含むありとあらゆるクルマの整備を行っていたが、いつしかポルシェ専門ファクトリーへ転向していった。すべてのメーカーの整備マニュアルを揃えるのが大変で、たまたまポルシェが残ったと笑うが、きっと理由はそれだけではないはずだ。

 本格的なレーシングカーの世界にまで足を踏み込んだ経験のある鞍貫さんを、十分に納得させるだけのなにかがポルシェにあったことは間違いないと感じた。

よくできたクルマとして

ポルシェを整備したい

 東京郊外の住宅街にあるメッツスピード。ポルシェ専門の整備工場出身の北田さんとは、設立当初から二人三脚で、今も一緒にポルシェを整備している。

「彼は僕よりもずっとポルシェ整備のスペシャリストですよ。僕はどちらかというと、よくできたクルマのひとつとしてポルシェを見る傾向があるんです。だから整備に関しても、ポルシェだからというよりは、機械としての正しい動きを復活させるためにはどうすればいいのかということ主眼を置く傾向がありますね。チューニングといっても、闇雲に改造したりするのではなく、市販車としてやむを得ない誤差を取り除くことで、本来の設計通りの性能を引き出すことがまず最初です」

 トムスでは、チーフメカニックとして、Gr.Cカー用のエンジン開発をトヨタのエンジニアと共に行うような高度な仕事までこなしていた鞍貫さん。今でもエンジンがいちばん好きなようだ。

「オーバーホールをするときも、組み付け面の平滑さを出すために定盤を使って面研したりすることは、ごく自然にやってますね。こういう基本的な作業をきちんとするかしないかで、組み上がりが変わってくるんです。あとバルブシートの加工なんかも、外注したりしないで必ず自分で仕上げます。エンジン性能はシリンダーヘッドで決まりますから、人任せにはできませんよね。すべて僕がやります」

 エンジンをオーバーホールしてる間は、2日でも3日でも、ほかの仕事の手を止めて、それだけに集中してしまうらしい。

「組み上がったエンジンは、ボディに搭載してから、シャシーダイナモでパワーやフィーリングと、オイル漏れなどの不具合がないかどうか十分にチェックして完了します。とりあえず乗ってみてくださいなんて言葉といっしょに、お客さんに渡るのがイヤなんです。当然でしょ?」

 作業場の外で雨ざらしになっている古い911タルガがあった。

「いつか自分用にバリッと仕上げるつもりで手に入れたんだけど、おかげさまでというかなんというか、そんな暇が取れない」

 スポーツカーのなんたるかを知ることだけでなく、こういうメカニックとゆっくり自分好みの1台に仕上げていく。少々古くても、手を加えた分だけ確実によくなるポルシェだからこそ経験できるこの楽しみも、食わず嫌いでは、嗚呼もったいない。


copyright / Munehisa Yamaguchi

    Car Sensor 2006  Vol.30掲載

 

ちょっと変わっていて、猛烈によくできている

   ポルシェの魅力はそこにあると思う

機械としてのポルシェの魅力を引き出す達人

      MET’S SPEED/鞍貫達児さん


国産車ディーラーで一般車の整備を覚え、トムスでレーシングカーの製作やチューニングを身につけた鞍貫さん。30歳のときにMET'S SPEEDを興し、独立。当初、あらゆるクルマが持ち込まれていたが、的を絞った確実な整備を行うために、次第にポルシェ専門の整備工場に転身していった。あらゆるポルシェの面倒を見てくれる53歳。


内容はすべて"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2006 Vol.30掲載

Ph. Rei Hashimoto