クルマの達人 門間哲男さん

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クルマの達人

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クルマの達人

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エンジンが話す言葉が

聞こえてくるんだよね

 もう数年も前のことになるが、確か忘年会で一緒にお酒を飲んだときに、どうして自動車メーカーのエンジニアがノウハウを知りたがるようなチューニングができるのか、訊ねたことがある。数秒ほどの沈黙のあと、これが返ってきた言葉。

「あのさぁ、エンジンが話しかけてくるんだよね」

 はい?

「例えばオーバーホールでもチューニングでもいいんだけど、頼まれたとするでしょ。クルマから取り出したエンジンを台に固定して、いろんなところを眺めるんだよね。で、なんとなくそいつの雰囲気つかめたら、工具を使って分解していくでしょ。そうするとね、エンジンが色んなこと伝えてくるわけ。手のひらとか目とか耳とかね。

 そんなときにさ、いろんな気持ちになるっていうか。あぁおまえ、ここちょっときつくて痛かったろ…とか、そりゃこんなバランスじゃふらふらしちゃうよなぁ…とか。いま楽にしてやるから、ちょっと待ってなよって思うんだよね」

 はぁ…。

「あとは、ひとつひとつ丁寧に作業を積み重ねていくだけだよ」

 門間さん、いわゆる不思議ちゃんに分類されるタイプの人ではない。それどころか、ある日本の自動車メーカーのワークスラリーマシンが、世界の檜舞台で優勝したときに搭載されていたエンジンが、実はワークスチューンではなくて門間チューンだったという逸話を筆頭に、自動車メーカーのレースエンジニアも舌を巻くようなエンジンを何基も仕上げているメカニックなのである。

 私が聞きたかったのは、丁寧に積み上げていく仕事というのの中身だったのだが、それについて訊ねると、その答えはどれも基本的に教科書に書いてあるような内容に過ぎない。ただ、さらに突っ込むと、それぞれにちょっとしたノウハウがあるんだけど、それは言葉でうまく説明できないし、ちょっと内緒な勘所もあるんだよ、とのこと。まったく要領を得ない問答のまま、会話は世間話へと進んだ。

 けれどもこの夜の会話を挟んで、いつかは自分のクルマのエンジンも、門間さんに仕上げてもらいたいと強く思うようになった。なぜなら、言葉で説明できないノウハウがあるとしたら、それこそ職人芸の仕業に他ならない。幾度となくいちばん最初にチェッカーフラッグを受けたエンジンの性能や、クルマを買うたびにそれが新車であっても、まず門間さんにエンジンを分解整備してもらいにやってくる多くのリピーターたちが感激する感触は、門間さん以外には実現できないということなのである。

 私のクルマのエンジンが誰かに伝えたがっているたくさんの言葉、どうか私に代わって聞いてやってください、と思うのだ。

そのエンジンが持ってる

本来の姿を引き出したい

 実は門間さんのこと、この連載では約8年前に一度紹介したことがある。今年の7月、かねてから本人の希望であった、もっと自分らしい仕事を提供できる環境でクルマとお客さんに接したいという思いが適い、新たに興した工場を任されることになった。まだオイルの臭いが染みこんでいない新築の工場を訪ねると、そこにはわずか3ヶ月でもう建物に収まりきらないほど集まってきたクルマたちと、その脇で以前と同じように黙々と分解したエンジンを磨き上げる門間さんの姿があった。

「ありがたい話だよね。特に告知をしたわけでもないのに、以前クルマを見させてもらった人や、その紹介だっていう人が、見つけた見つけたってニコニコしながらクルマに乗ってやって来てくれる。いまは工具も不十分で、機械加工なんかは信頼できる外注さんの手を借りなきゃならないんだけど、早いうちにその辺も自分の手で仕上げられるようにしたいよね。完成したクルマの試乗から戻ってきたときの、ねぇコレなにやったの?って嬉しそうなお客さんの顔、もっともっと見たいしね」

 何台もクルマを所有しているある人は、まるでフェラーリのV8のようなパンチと音を奏でるようになったホンダNSXのV6エンジンに感激してしまい門間さんの虜になった。またある人は、別のクルマで同じような経験をした友だちに教えられて、ニッサン180SXの整備を門間さんに託した。種種雑多な車種のクルマが、オーナーたちの夢と期待を乗せてここに集まっている。

「車種は関係ないよ。国産でも輸入車でも、スポーツカーでも

セダンでも、構わない。どんなクルマでも、違いが体感できるレベルで生まれ変わらせてあげる。ターボをくっつけたり、安直なチューニングキットをくっつけて、どうだ!っていうんじゃなくて、これがこのエンジンが本来持っている姿なんだよっていうことを表現してあげるような仕上げ方が好きだね。もちろん市街地でぎくしゃくしたり、耐久性やメンテナンスに不安を抱えることもないままにね。もっともレースに出たいなら、与えられたレギュレーションの中で目一杯の性能を引き出すようにもチューニングしてあげるよ。どちらがいいってことじゃなくて、使い方次第ってことね」

 あんまり人気が出ると、自分のクルマの面倒を見てもらうときの待ち時間が長くなってしまうから、活躍の場移ったのを機に知る人ぞ知る内緒の工場になればいいなと思っていたが、やはりみんなに知ってほしい。前にも増して、生き生きとした表情の門間さんを見ると、そう思わずにはいられなかったのだ。


copyright / Munehisa Yamaguchi

    Car Sensor 2007  Vol.22掲載

 

「エンジンの言葉に耳を傾けるような

 そんな気持ちで仕上げてあげるんだよ」

エンジンに新車時以上の息吹を吹き込む達人

      Perfection/門間哲男さん


少年のころに憧れたレースの世界に入りたくて、メカニックになった門間さん。輸入車ディーラーのメカニックなども経験しながら、いつしかサーキットでもエンジンチューナーとして知られた存在になっていった。競技の世界で身につけた究極のノウハウを、多くの人に楽しんでもらいたいという思いでクルマに向かう50歳。


内容はすべて"CarSensor"誌に掲載時のものです。 2007 Vol.22掲載

Ph. Rei Hashimoto