ALPINA とは、なんだったのか。
2025/07/26 21:26 Filed in: クルマの話
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昨日届いたカーセンサーエッジ誌が玄関の下駄箱の上に置いてあった。袋を破ってパラパラとめくると、どうやらアルピナの特集らしい。今年、新しいブランドに加えるアルピナを、BMWがどのように仕立ててゆくのか。ミニ、ロールス・ロイスと、独英混合というとんでもなく難しそうなブレンドを見事に調合して新しい価値を創り出したBMWの次の一手、自動車業界以外からも大いに注目されていることと思う。
その一方で、嗚呼アルピナが幕を下ろすのかというさみしさもある。
E-21/3シリーズをベースに仕立てられた「C1-2.3」の写真が1枚でも掲載されていると、それだけの理由で自動車雑誌を買うような高校生だった。ルックスはもちろん、闇雲にパワーを求めないエンジンチューンへのこだわりや、たくさん売ることに燃えていないブランドの雰囲気が格好よかった。1つひとつの部品の選定にこだわり、誰が見てもBMWだけど一部の事情通には明らかにBMWではないアルピナであると認識させるくらいの加減が、ほんとうに格好よかった。
アルピナの特集をパラパラとめくりながら、2013年に出席したパガーニという自動車メーカーの発表会のことを思い出した。日本市場へ初めて参入する記念すべきモデルの発表会ということで、創立者のオラチオ・パガーニ氏の姿も会場にあった。わたしは彼のところに進み、こんな質問をした。
「730馬力で最高速が360km/h。この恐るべき高性能を楽しむ環境が日本にはありません。それでもこのような超高性能車を創って、日本で披露したいと思ったのはなぜですか?」
彼は傍らのパガーニに視線を落とし、そしてすぐにわたしの目を見てこう答えた。
“ It’s my dream.”
嗚呼、これぞもの作りの究極の姿、真髄だと感じた。誰かを満足させる価値ではなく、自己の表現手段としてものを創り、その想いの熱さに共鳴してくれる誰かとそれを分かち合う。誰かの夢を叶えるのではなく、それは“私の夢なんです”とひと言目に発したその言葉に痺れた。何万馬力でも何十億円でも、気が済むまで追いかけてほしいとずきゅんと感じた。

アルピナといえば、創立者のブルカルト・ボーフェンジーペン氏について知らないわけにはいかない。彼もまた、自身の夢をカタチにするという表現行為が結んだ果実として、アルピナというクルマを世に送り出し続けた。
2005年にドイツのアルピナ社を訪ねて書いた原稿を紹介する。届いたばかりのカーセンサーエッジ誌に連載「クルマの達人」の掲載を確認するより先に、前述のようなことを思い出して懐かしんだ理由を皆さんと共有することができれば、とてもうれしい。
写真はすべて、取材を共にした橋本玲さんによる。
************
アルピナとは、なんだったのか
アルピナを所有する歓びの理由とは
心に人生を謳歌する歌を持とう。目的を達成するだけでなく、そこへ迫りゆくドラマを楽しもう。そして、アルピナのステアリングを握ろう。アルピナの魂である“エレガンス”の意味は、そのときそこはかとなくあなたの全身を打ち振るわせるはずだ。アルピナとはそういうクルマ。それがアルピナの心。
小さなショールームを構えるアルピナの本社で我々を迎えてくれたのは、グンター・シュスター氏。セールスディレクターの肩書きを持つ彼は、アルピナの人になってから25年目を迎える。
「ご存じのように、アルピナはBMWの各モデルをベースに、独自の価値観を持ったクルマを送り出しているメーカーです。創立者のボーヘン・ジーペンが、63年にツインキャブを備えた1500を製作したことに始まり、翌64年にアルピナとして正式に発足しました。以来、常にボーヘン・ジーペンの考える理想の1台を生み続けているわけです」
今年で創立40周年を迎えるアルピナは、当初BMWの性能を向上させるためのパーツを開発、販売することを主な業務としていた。技術的なノウハウを磨くためのレース活動も盛んに行い、71年にはヨーロッパでツーリングカーと名の付く全てのレースでの勝利という快挙を収めるに至った。シルバーボディに若草色のアルピナストライプをまとったBMWが、サーキットを疾走する姿を記憶している人も多いのではないだろうか。彼らの技術的ノウハウやレース活動はBMWからも高く評価され、次第にBMWの一部門に等しい関係を築き上げていったのである。そのような過程を経て、83年には自動車メーカーの認可を獲得する。当時としては、小規模なコンストラクターがそのような立場を確立するというのは、異例中の異例であったことを考えると、この頃までに技術面だけでなく、メーカーとして必要な素養をすべて備えていたといえるのだろう。
「BMWアルピナ、としてメーカーの地位を得るまでの過程で、アルピナはどういうクルマを生み出す存在であるべきかということを盛んに模索していました。チューニングの手が加えられた高性能車というだけでは飽きたらず、もっと独自の価値観を主張する1台を生み出す存在でありたいという夢を追い求めたのです。そして我々が見出した答えこそ、あらゆる意味においてエレガンスを表現する企業であることでした。アルピナのフィロソフィは、そのようにして誕生したのです」




ショールームの裏手へ進むと、そこにはまるで技術研究のような作業にいそしむエンジニアやメカニックが働くエリアが広がっている。清潔な床の工房では、1基1基のエンジンが完全に分解され、計測、加工といった手が加えられていた。アルピナとしてのシリアルナンバーが打刻されたエンジンブロックにマイクロメーターを当てる若いスタッフの横で、重鎮とおぼしき白髪の男が、トルクレンチでナットを締め込んでいる。そのフロアには十名ほどのスタッフがいたが、この人数で一体一日に何基のエンジンが組み上がるというのだろう。作業は丁寧で時間はとてもゆっくり流れている。
「腕のいいコックというのは、自分だけがおいしいと感じる味覚を持っているだけでなく、その味を望む人に提供できるだけの腕を備えていなくてはなりません。けれども10万人、100万人という人に理解してもらうために、その味を薄めてしまうことがあってはならないのです。我々は決して数を求めません。その代わり、我々でなければ生み出せない料理を確実にサーブし続けます。
いいですか、現代では工作技術が大幅に進化したお陰で、とても高い品質のものが大量生産できるようになっています。けれどもそれらは、あくまでも多くの人を満足させる最大公約数を考慮した既製品でしかないのです。テーラーメイドのスーツにしかないフィット感を望む人というのは、そのような既製品とは全く違う価値観を自ら選ぶ製品に求めているわけです。アルピナはそういう人のために、クルマを作っているのです。数ではなく満足なのです」
シュスター氏の言葉の意味を確かめるような光景は、エンジン工房だけでなく、インテリア、エクステリア、車両のアッセンブル、最終チェック、あるいは開発中のエンジンが回るテストベンチといったすべてのフロアで見ることができた。アルピナは間違いなく100%、人の手でクルマを作っている。
「先ほど料理の話をしました。心を打つ料理というのは、特別なものでなくてはなりませんが、逸脱した個性が露呈してしまっては台無しです。とても絶妙なセンスで完成されなくてはならないのです。
アルピナにおいて、そのさじ加減を決定するメジャーは、他でもないボーヘン・ジーペン本人なんです。彼は今でもプロトタイプが完成すると、彼の息子とともにそのクルマに乗り、テストドライブを行います。そして彼の言葉は、まるで本人がクルマと同化して部品のひとつになってしまったかのような表現で発せられるんです。
“今の動きはこういうことだよ。もっとこういう風になるといいね。ここは素晴らしく仕上がったね”
分かりますか。アルピナはボーヘン・ジーペンの感覚、生き様そのものなんです。ですからそれを、世界中の最大公約数に解釈し直して分かってもらおうという必要はないんです。それよりも、このようなプロセスを経ることで、クルマの性格はどんどんピュアなものとして澄んできます。それがアルピナというクルマなんです」



実際アルピナに乗ると、なにひとつ尖った感触がないのに、得も言われぬ興奮に満ちているクルマだという感激に包まれる。十分にパワフルなエンジンは、けれども決して神経を逆なでするような表情を見せない。シートに身体が吸い付けられるようなコーナリングフォースを実現するサスペンションは、けれども決して乗員を激しく揺すぶったりしない。上質な革の香りと透き通ったエンジンサウンドに包まれながら、ひたすら感激だけを味わいながら道程を進めることに酔っている自分の姿を見つけることができるのだ。エンジニアリング的に言うならば、すべてがまったく機械として追求すべき正しい方法で、しかもすべてを紙一重の抑制の範囲の中に留めた仕業。とんでもなく次元の高い技術力と、信じられないほど理性的な思想が両立していなければ、こういうクルマ作りは不可能だと言い切れる。
「アルピナは、何かほかのものと比べて良い悪いを語るべきクルマではありません。もちろんそれは、BMWよりもいいものだ、という感覚でもないのです。ただひたすらに、誰にも似ていない違うものを作っていきたいと考えているわけです。
我々の言う“エレガンス”という言葉の意味は、大きな屋敷に住んでいて、あり余るほどのお金があってということを指すのではないということを是非知っておいてください。エレガンスは物質的なものではなく、個々の心の中に宿る感覚だと思うのです。ですから、人生に夢があって、そこへ邁進しようという気持ちに溢れている人は、とてもエレガンスな人なのです。そういう気持ちを表現する手段として、素晴らしいドライビングを楽しみたいという思いがあるのなら、アルピナはすぐ隣りにいるといってもいいほど身近に感じられるはずです。アルピナに宿る魂は、そのような人生を送る人にこそ愛おしく感じられるものに違いない。そう思うんですよ」

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昨日届いたカーセンサーエッジ誌が玄関の下駄箱の上に置いてあった。袋を破ってパラパラとめくると、どうやらアルピナの特集らしい。今年、新しいブランドに加えるアルピナを、BMWがどのように仕立ててゆくのか。ミニ、ロールス・ロイスと、独英混合というとんでもなく難しそうなブレンドを見事に調合して新しい価値を創り出したBMWの次の一手、自動車業界以外からも大いに注目されていることと思う。
その一方で、嗚呼アルピナが幕を下ろすのかというさみしさもある。
E-21/3シリーズをベースに仕立てられた「C1-2.3」の写真が1枚でも掲載されていると、それだけの理由で自動車雑誌を買うような高校生だった。ルックスはもちろん、闇雲にパワーを求めないエンジンチューンへのこだわりや、たくさん売ることに燃えていないブランドの雰囲気が格好よかった。1つひとつの部品の選定にこだわり、誰が見てもBMWだけど一部の事情通には明らかにBMWではないアルピナであると認識させるくらいの加減が、ほんとうに格好よかった。
アルピナの特集をパラパラとめくりながら、2013年に出席したパガーニという自動車メーカーの発表会のことを思い出した。日本市場へ初めて参入する記念すべきモデルの発表会ということで、創立者のオラチオ・パガーニ氏の姿も会場にあった。わたしは彼のところに進み、こんな質問をした。
「730馬力で最高速が360km/h。この恐るべき高性能を楽しむ環境が日本にはありません。それでもこのような超高性能車を創って、日本で披露したいと思ったのはなぜですか?」
彼は傍らのパガーニに視線を落とし、そしてすぐにわたしの目を見てこう答えた。
“ It’s my dream.”
嗚呼、これぞもの作りの究極の姿、真髄だと感じた。誰かを満足させる価値ではなく、自己の表現手段としてものを創り、その想いの熱さに共鳴してくれる誰かとそれを分かち合う。誰かの夢を叶えるのではなく、それは“私の夢なんです”とひと言目に発したその言葉に痺れた。何万馬力でも何十億円でも、気が済むまで追いかけてほしいとずきゅんと感じた。

アルピナといえば、創立者のブルカルト・ボーフェンジーペン氏について知らないわけにはいかない。彼もまた、自身の夢をカタチにするという表現行為が結んだ果実として、アルピナというクルマを世に送り出し続けた。
2005年にドイツのアルピナ社を訪ねて書いた原稿を紹介する。届いたばかりのカーセンサーエッジ誌に連載「クルマの達人」の掲載を確認するより先に、前述のようなことを思い出して懐かしんだ理由を皆さんと共有することができれば、とてもうれしい。
写真はすべて、取材を共にした橋本玲さんによる。
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アルピナとは、なんだったのか
アルピナを所有する歓びの理由とは
心に人生を謳歌する歌を持とう。目的を達成するだけでなく、そこへ迫りゆくドラマを楽しもう。そして、アルピナのステアリングを握ろう。アルピナの魂である“エレガンス”の意味は、そのときそこはかとなくあなたの全身を打ち振るわせるはずだ。アルピナとはそういうクルマ。それがアルピナの心。
小さなショールームを構えるアルピナの本社で我々を迎えてくれたのは、グンター・シュスター氏。セールスディレクターの肩書きを持つ彼は、アルピナの人になってから25年目を迎える。
「ご存じのように、アルピナはBMWの各モデルをベースに、独自の価値観を持ったクルマを送り出しているメーカーです。創立者のボーヘン・ジーペンが、63年にツインキャブを備えた1500を製作したことに始まり、翌64年にアルピナとして正式に発足しました。以来、常にボーヘン・ジーペンの考える理想の1台を生み続けているわけです」
今年で創立40周年を迎えるアルピナは、当初BMWの性能を向上させるためのパーツを開発、販売することを主な業務としていた。技術的なノウハウを磨くためのレース活動も盛んに行い、71年にはヨーロッパでツーリングカーと名の付く全てのレースでの勝利という快挙を収めるに至った。シルバーボディに若草色のアルピナストライプをまとったBMWが、サーキットを疾走する姿を記憶している人も多いのではないだろうか。彼らの技術的ノウハウやレース活動はBMWからも高く評価され、次第にBMWの一部門に等しい関係を築き上げていったのである。そのような過程を経て、83年には自動車メーカーの認可を獲得する。当時としては、小規模なコンストラクターがそのような立場を確立するというのは、異例中の異例であったことを考えると、この頃までに技術面だけでなく、メーカーとして必要な素養をすべて備えていたといえるのだろう。
「BMWアルピナ、としてメーカーの地位を得るまでの過程で、アルピナはどういうクルマを生み出す存在であるべきかということを盛んに模索していました。チューニングの手が加えられた高性能車というだけでは飽きたらず、もっと独自の価値観を主張する1台を生み出す存在でありたいという夢を追い求めたのです。そして我々が見出した答えこそ、あらゆる意味においてエレガンスを表現する企業であることでした。アルピナのフィロソフィは、そのようにして誕生したのです」




ショールームの裏手へ進むと、そこにはまるで技術研究のような作業にいそしむエンジニアやメカニックが働くエリアが広がっている。清潔な床の工房では、1基1基のエンジンが完全に分解され、計測、加工といった手が加えられていた。アルピナとしてのシリアルナンバーが打刻されたエンジンブロックにマイクロメーターを当てる若いスタッフの横で、重鎮とおぼしき白髪の男が、トルクレンチでナットを締め込んでいる。そのフロアには十名ほどのスタッフがいたが、この人数で一体一日に何基のエンジンが組み上がるというのだろう。作業は丁寧で時間はとてもゆっくり流れている。
「腕のいいコックというのは、自分だけがおいしいと感じる味覚を持っているだけでなく、その味を望む人に提供できるだけの腕を備えていなくてはなりません。けれども10万人、100万人という人に理解してもらうために、その味を薄めてしまうことがあってはならないのです。我々は決して数を求めません。その代わり、我々でなければ生み出せない料理を確実にサーブし続けます。
いいですか、現代では工作技術が大幅に進化したお陰で、とても高い品質のものが大量生産できるようになっています。けれどもそれらは、あくまでも多くの人を満足させる最大公約数を考慮した既製品でしかないのです。テーラーメイドのスーツにしかないフィット感を望む人というのは、そのような既製品とは全く違う価値観を自ら選ぶ製品に求めているわけです。アルピナはそういう人のために、クルマを作っているのです。数ではなく満足なのです」
シュスター氏の言葉の意味を確かめるような光景は、エンジン工房だけでなく、インテリア、エクステリア、車両のアッセンブル、最終チェック、あるいは開発中のエンジンが回るテストベンチといったすべてのフロアで見ることができた。アルピナは間違いなく100%、人の手でクルマを作っている。
「先ほど料理の話をしました。心を打つ料理というのは、特別なものでなくてはなりませんが、逸脱した個性が露呈してしまっては台無しです。とても絶妙なセンスで完成されなくてはならないのです。
アルピナにおいて、そのさじ加減を決定するメジャーは、他でもないボーヘン・ジーペン本人なんです。彼は今でもプロトタイプが完成すると、彼の息子とともにそのクルマに乗り、テストドライブを行います。そして彼の言葉は、まるで本人がクルマと同化して部品のひとつになってしまったかのような表現で発せられるんです。
“今の動きはこういうことだよ。もっとこういう風になるといいね。ここは素晴らしく仕上がったね”
分かりますか。アルピナはボーヘン・ジーペンの感覚、生き様そのものなんです。ですからそれを、世界中の最大公約数に解釈し直して分かってもらおうという必要はないんです。それよりも、このようなプロセスを経ることで、クルマの性格はどんどんピュアなものとして澄んできます。それがアルピナというクルマなんです」



実際アルピナに乗ると、なにひとつ尖った感触がないのに、得も言われぬ興奮に満ちているクルマだという感激に包まれる。十分にパワフルなエンジンは、けれども決して神経を逆なでするような表情を見せない。シートに身体が吸い付けられるようなコーナリングフォースを実現するサスペンションは、けれども決して乗員を激しく揺すぶったりしない。上質な革の香りと透き通ったエンジンサウンドに包まれながら、ひたすら感激だけを味わいながら道程を進めることに酔っている自分の姿を見つけることができるのだ。エンジニアリング的に言うならば、すべてがまったく機械として追求すべき正しい方法で、しかもすべてを紙一重の抑制の範囲の中に留めた仕業。とんでもなく次元の高い技術力と、信じられないほど理性的な思想が両立していなければ、こういうクルマ作りは不可能だと言い切れる。
「アルピナは、何かほかのものと比べて良い悪いを語るべきクルマではありません。もちろんそれは、BMWよりもいいものだ、という感覚でもないのです。ただひたすらに、誰にも似ていない違うものを作っていきたいと考えているわけです。
我々の言う“エレガンス”という言葉の意味は、大きな屋敷に住んでいて、あり余るほどのお金があってということを指すのではないということを是非知っておいてください。エレガンスは物質的なものではなく、個々の心の中に宿る感覚だと思うのです。ですから、人生に夢があって、そこへ邁進しようという気持ちに溢れている人は、とてもエレガンスな人なのです。そういう気持ちを表現する手段として、素晴らしいドライビングを楽しみたいという思いがあるのなら、アルピナはすぐ隣りにいるといってもいいほど身近に感じられるはずです。アルピナに宿る魂は、そのような人生を送る人にこそ愛おしく感じられるものに違いない。そう思うんですよ」

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